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X-5
「お。大丈夫か?」
出てきて最初に声をかけてきたのは、自分の隣のテーブルに座っていた男だった。
ジーンスにTシャツ。長くもなく短くもない髪。おそらく普段は会社勤めをしているのだろう。ただ、そのセンスにげんなりした。白いTシャツの真ん中には「商売繁盛」と、筆文字が黒々と躍る。それを恥ずかしげもなく身につけられるこの男の図太い神経に、むしろ哀れみさえ感じた。これではつれの女に相手にされないだろう。コイツはないな、とリストから消した。
「だ……大丈夫です。ちょっとびっくりしちゃって……」
うつむき加減のまま遺体の脇を通る。少し乱れた胸元。口から垂れる唾液。確信が持てた。
その場から逃げるように自分のテーブルに戻り、グラスの水をあおる。注がれる視線を背中越しに二つ、感じ取った。
(どっちだ。右か?左か?)
ゆっくりと体を向けながら、目の端で視線の主を探る。すると、最初に行き当たった丸くした目に見覚えがあった。
「ミロク?ミロクか?」
「え……、ミライ?ミライなの?何、その頭」
脱色した前髪の奥からは、驚いた目がこちらを見ていた。
懐かしさと驚きが入り混じった目がこちらを見る。動揺を隠し、ミロクは同じような目をして見せた。
「お前が海外に行ったのが中二だから、十一年ぶりくらいか?」
「そうだねぇ」
昔と同じ、人なつこい笑みを見せてくる。つられてほほえんでみるが、なんだか口元がひきつったようにうまく動かない。ミロクはわずかにあごを引いた。
一年生の時に同じクラスになり、留学を理由に日本を離れるまで、毎日をほぼ一緒に過ごした。雰囲気も性格も違うのに、なぜか気があった。連絡を取ることをためらったのは、母の後ろ暗さに薄々勘づいていたからだ。
「お前、今何やってるんだ?」
ヒョイヒョイといすをまたぎながら、ミライがこちらへとやってくる。わずか数秒で導いたウソは、当たらずも遠からず、といったところか。
「母の仕事を手伝ってるんだ」
「おばさん、何してたっけ?」
「小さな健康食品の会社をつくったんだ。今、それを手伝ってる」
「健康食品?」
「あの……、ダイエット食品の」
チラリと女性二人に目をやる。特段気に留めていない様子に胸をなで下ろした。
「へぇー。おばさん、すごいなぁ」
向けられる尊敬のまなざしがまぶしくて、メガネを直す。ダイエット食品の通信販売に紛れて、怪しげなモノが行き来していた。
「ミライは、今何してるの?」
もう触れられたくなくて、話題を変える。一瞬、身を固くし、目が鋭さを帯びたミライ。だが、すぐにさっきの人なつこい笑みを浮かべると、きれいに色を抜いた髪を掻いた。
「警備員のバイト。へへ……就職、失敗したんだ」
「そっか……。ボ……ボクも母の会社がなかったら、同じだったよ」
お互いに背を丸め、視線を足元に落とす。
降り込めてくる雨が、湿度の上がった店内をわずかに冷やしたように思えた。
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