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 それから、夕は本当に私を訪ねてくるようになった。  最初は半月に一回だったのが、十日に一回になり五日に一回になり、最近では二日と開けずに私を訪ねてくる。  そんなに頻繁に顔を合わせていても話題はすぐに尽きてしまって、ただぼんやりと時を過ごすだけになるのだけれど、どうやら夕はそんな風に誰かと時間を過ごせるのが嬉しいらしかった。  時々は、そこに他の妖が混ざることもあった。一番多いのは、初めて会った場所にある桜の大木の精だった。  「蒼のように人のようでいて力のある鬼もいれば、夕のようにただの人なのに鬼だと言われる奴もいる。不思議だねえ」  ある時、一緒に話をしていた桜の精がそう言った。  「鬼は皆、蒼のような姿ではないの?」 「蒼はかなり珍しいよ。角の無い鬼は、私は蒼の他には見たことがない」 桜色の着物に白髪の少女の姿をした桜の精は、そう答えた。  「そうなんだ……てっきり、鬼には角が生えている、何て言うのは人が作り上げた話で、本当は皆蒼のようなんだと思っていた」 「鬼の多くはね、妖力は弱いけれどとても力が強い。体格に恵まれやすい種族でもあるから、がっしりとして大きな奴が多いよ」 「え、でも、蒼は……」  夕は言いながら私を見た。  「……そうだな。私は体格にも恵まれなかったし、鬼の証ともいえる角も、牙も爪も発達しなかった。ただ一つ、妖力が強いことだけは他の誰にも負けなかったが、それは鬼にとっては異端なことだった。長寿で丈夫なはずの鬼だが、母は俺を生んですぐに死んだので、不吉な子供だと言われていたよ。しかも、その命と引き換えに生まれてきた私は、驚くほど小さかった」  私は答えながら、ふと自分の、鬼としては小さすぎる手の平に視線を下ろした。  「最初から角の無かった俺を、母だけは可愛いと言って笑いかけてくれたらしい。蒼という名前は母が付けた。母の鬼火の色から取って……せめて妖力に恵まれるようにと願いを込めて。私は足りない分を補おうと努力したが、どんなに頑張っても私が鬼らしくなることはなかった。ただ、妖力だけはとても強く、正面から父や兄弟とやり合っても負けることがないほどだった。……忌み嫌われていたよ。鬼の恥だと言われて殺意を向けられたこともある。鬼よりも、鬼の形をしていない鬼の私の方が強い、ということが認められなかったんだ」 「蒼は鬼だけの里で生まれ育ったからね。状況的には今の夕に近いんじゃないかな。同じはずの大勢と生活をしているのに、自分だけが輪の外にいる感じ」 「蒼が……私と同じ……」  確かに状況は似ているかもしれない、と思った。鬼として認められなかった私と、人として認められていない夕と。  「……だが、私は最終的に里を出て、こうして縁もゆかりもない地に住み着いた。ここは過ごしやすい。色んな奴がいるから、鬼としての普通が通用しないんだ。最低限の決まり事さえ守っていれば、後は自分のしたいように生活できる」 「決まり事?」 「人も変わらないこと、してると思うけどね。人のものを取らないだとか、無益な殺生をしないとか」 「そうなんだ……良いなあ、そんなことが出来るんだ。私はこの目じゃ、きっとどこに行っても受け入れられないからなぁ……」  夕は少し残念そうに言った。  それに対して、夕にここに来ればいいのに、などという無責任なことは、私達には言えなかった。  夕は人で、私達は妖だ。そこには越えることのできない絶対的な壁が立ちはだかっている。  人は、私達からすると驚くほど短い時を生きている。驚くほど弱い体で、時には病や怪我で簡単に命を落とす。山の中で緩やかに時を過ごしていくように、人間の身体は出来ていない。こうやって一日の中の短い時間を共にするのが、私達にできる精一杯だろう。  「……まあでも、いいんだ。今はこうやって、蒼たちに会いに来られるから」 「そうよ、いつでもいらっしゃいな。ねえ、蒼」 「そうだな……だが、あまり無理はするなよ。前に雨の日に来たことがあったが、あれは止めろ。身体を冷やすと体調を崩すぞ」 「蒼は心配性ね。でもありがとう、気を付けるわ」  心配されるということが何だか照れ臭いらしく、夕ははにかんでそう答えた。  そんな、他愛もない穏やかな時間を過ごす日々が、しばらく続いた。  ぷつりと夕が来なくなったのは、数日間まとまった雨が降り続いてからだった。  もう少しで十日に届くか、という時にようやく雨が止み、雲の切れ間から陽が差し込んだ。雲が綺麗に晴れて青空が広がると、私は先にいつもの場所に向かって夕を待った。しばらく来られなかったので、きっと会いに来るだろうと思ったからだった。  けれどもその日、夕は来なかった。  次の日も、その次の日も、空からは一滴の雨さえ落ちてきてはいないのに、夕は姿を見せることはなかった。
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