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 その日も私は、いつもの場所で夕が来るのを待っていた。  「蒼!」  慌てた声に名前を呼ばれて振り返る。  「桜か……どうした?」  そこに居たのは桜の精だった。いつもはおっとりとした微笑みを浮かべているのに、今日はどこか表情が硬い。  「麓の桜が教えてくれたの。村では今病が流行しているみたい。高熱が続いて……昨年は不作で食料が少なかったから、体が弱り、体力のない小さな子供から、命を落としているんだとか」 「病……まさか、夕も臥せっているのか?」 「それがわからないのよ。夕が住んでいる屋敷に人の出入りはあるみたいなんだけど……」  それを聞くなり、私は走り出していた。  匂いと気配で、夕の家はすぐに分かった。  扉を開いて中に上がり込むと、夕の姿はすぐに見つかった。  「夕!」  夕は布団の中で一人、ぐったりと倒れていた。  「あ、お……?」  声に反応してモゾりと動いた夕だったが、身体を起こす力は残っていないようだった。  「夕、夕、しっかり……」  抱き起してみると、夕の身体は中身が入っているのか不安になるほど軽かった。熱があるのか温かかったが、それ以上に嫌な熱さに、私は触れていた。  「この腹の傷は何だ……?」  そこには刃物が刺さった跡があった。まだ出血しており、鮮血が布団に垂れて真っ赤なシミを作っている。  「何があった?」  怒りで言葉が震えた。夕は切れ切れに話してくれた。  長雨の後、村で病が流行り出した。ただの風邪かと思ったが、症状は良くならず悪化していく一方で、ついに子供が死んでしまうまでに至った。  神に祈りを捧げるように、夕の所には毎日人が訪れた。供物をささげて頭を下げ、何とかしてくれと懇願してくる。……もちろん、夕にはどうすることもできなかった。  そんな中、夕も病に倒れてしまった。初めは看病してもらっていたが、夕の病状も悪化していく。ここで、村人はあることを信じだした。  これは『赤目の鬼姫』が持ち込んだ病で、災いの中心は夕だと。夕がいる限り、病は村を滅ぼすまで残るのだと。だからその前に、殺して排除しなくては、と。  「それで……さっき、刺されて……でも、もう力がなくて、抵抗も、できなかったの……」 「わかった、もう良い。口を開くな」  傷口は深く、かなりの血が流れだしてしまっている。身体の末端も冷たくなり出し、もともと病に体力を削られていた状態で、……もう、死んでしまうのは時間の問題だった。  どうしてこんなことになってしまったのだろうか。もっと近くで夕のことを見ていれば……それとも、何とか夕を山で生活させていれば……。  「蒼……いる……?」  掠れて弱々しい声で、夕が呼ぶ。夕焼け色の瞳は、焦点が合わずに空を見つめるだけだった。目の前にいる私のことすら、もう見えてはいない。  「ああ、ここにいる。何だ?」 「あのね……来てくれて、嬉しい……私が山に行けないから、もう会えないんだって……一人で死んでいくんだって、思ったから……」 「大丈夫だ。一人にはしないから」  そう言うと、ついに夕は目を閉じてしまった。  「ありがと、あお……今まで、楽し……」 「……夕? ……夕!!」  その時、バタバタと誰かが走ってくる足音を聞いた。  「誰だ貴様は!」 「鬼姫をどうするつもりだ……? それはこれから燃やして灰にするのだ! 離せ!」  口々に叫ぶ醜い言葉の全てが、神経を逆撫でしていく。  「この子が……一体何をした?」  少し人と違う、珍しい瞳を持っていた。ただそれだけの、非力な少女だったのに。  私は怒りの感情をそのまま鬼火に変えた。青い炎が部屋全体をあっという間に包み込む。  「な、青い火だと……?」  背中に聞こえてくる声は、もう全てどうでも良かった。  私は夕をしっかりと抱えて、燃え盛る屋敷を後にした。  「蒼……」  いつもの場所に戻ると、そこでは桜の精が待っていた。  「夕は……あの子は居なくなった。永遠に」  私はそれだけ言って、大木の根元に夕の身体を横たえる。  あの夕焼け色の瞳は、今は閉じられた瞼の中だ。まるで眠っているみたいに穏やかな顔なのに、もう二度と輝くことのないそれを思い出すと、私の胸には怒りよりも、痛みの方が迫ってきた。
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