近付く距離

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「……違う。あの人は、そうじゃない」  僕は首を振って須田に言った。 「送ってくれたのは、その……知り合い」 「知り合い?」  須田が眉をひそめる。まだ疑っているようだ。 「もしかして、別のキープしてた女性ですか? いやあ、先輩も隅に置けないなあ」 「違うって! そもそもあの人は、男!」 「男? 本当ですか?」 「本当だよ。えっと……ルームシェアしてる人で……」 「ルームシェア? 先輩は実家暮らしじゃありませんでしたか?」  記憶力の良い奴め。僕は慎重に言葉を選びながら、適当な嘘を言った。 「ちょっと前からルームシェアを始めたんだ。いきなり独り暮らしはハードルが高いから。まずは他人との共同生活で慣らそうと思って」 「へえ……」 「結婚するには、まず生活能力が大事だろ?」 「結婚……お見合いは? お見合いはどうなったんです?」 「それは、保留中」 「ふーん。じゃあ、頑張って早く生活能力を身に着けて下さいね。そうしないとお見合い相手に逃げられちゃいますよ?」 「……そうするよ」  ようやく納得したのか、須田は自分のデスクのパソコンを立ち上げ始めた。僕は内心冷や汗を掻きながら、小さく溜息を吐く。  そういえば敦史さん、もう会社に着いたかな……。  連絡先は昨日交換した。電話でもメールでもメッセージアプリでも、何でも良いからいつでも連絡して良いって言われている。僕はスマートフォンをスーツのポケットから取り出して、敦史さんの連絡先をタップした。しばらく眺めて、ちょっと悩んだけど画面を暗くする。「着きましたか?」なんて訊くのは失礼だと思った。恋人じゃあるまいし……。  ……敦史さん、三か月後はどうするんだろう。ちゃんと恋人が見つかるかな。良い人が現れると良いのになあ……と、自分のことよりも敦史さんのことが心配でたまらなかった。
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