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「一原さん、ですよね。お久しぶりです」
「……ああ。お久しぶりです」
どうやら知り合いらしい。こういう場合、席を外した方が良いよね、と僕は一歩下がろうとした。けど、敦史さんに肩を掴まれてそれは阻止されてしまう。
「今は友人と一緒なので、お話があるようならまたの機会に」
敦史さんがそういうと、女性は僕をちらりと見た。冷たい視線だった。けれど、女性は一瞬で笑顔を作り、敦史さんに向き直る。
「一原さん、あの時は私、きついことを言ってしまって……本当にごめんなさい」
「いえ、済んだことですから」
もしかして、元カノ!?
えらい現場に居合わせてしまったようだ。僕は、本当にこの場から消えたくなった。
「覚えていらっしゃる? 最後に食べたフレンチのコース。あの時、私はとても幸せでしたわ」
「……そうですか。しかし、貴女は俺のことを仕事しか出来ないつまらない男だと言って別れを告げましたね」
それを聞いた女性は、少しだけ表情を引きつらせた。敦史さんは続ける。
「確かに、あの当時俺は大きなプロジェクトに追われていて貴女との時間を十分に取ることが出来なかった。そのことは謝罪します」
「謝罪だなんて……一原さん、あの、私、今になって一原さんがどれだけ素敵な人だったかをやっと理解したの。だから……もう一度、やり直しませんか? その、私、まだ一原さんのことが、好きなの……」
ずきりと胸が痛んだ。
けど、これは敦史さんにとっては良い方向に進む話なのかもしれない。だって、ここで結婚相手を見つければ……僕との同居は終わりを告げるんだから。
僕は、女性を失礼の無い程度に観察した。綺麗な人だ。清楚で、お淑やかな感じ。僕なんかとは全然違う。そう、僕なんかとは……違うんだ。
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