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僕は俯いて、二人の会話を聞く。
「俺には、もう貴女への気持ちはありません。ですから、もう元に戻ることは出来ない」
「っ……! そんなの、そんなのやってみなければ分からないわ!」
女性の悲鳴に似た叫び声が辺り一面に響き渡った。俺は顔を上げて周りを見る。すると、近くに居た人たちが「喧嘩か?」、「何事だ?」とひそひそ囁いているのが目に入った。これ、マズいよね……。
「あ、あのう……場所を変えてお話しされてはいかがでしょう?」
皆が見てますし、と二人に言えば、敦史さんは気まずそうに頭を掻いた。女性は、ぎりっと僕を睨みつける。
「……そんなこと、言われなくても分かっております」
「あ、すみません……」
「一原さん。お忙しいのに、ご友人と過ごす時間はお持ちなのですね……私とは、全然時間を合わせて下さらなかったのに」
「そのことについては、謝罪します。本当に……」
「そんな言葉、要らない!」
女性はそう叫んだ後、すぐにはっとした顔になって俯いた。そんな彼女に敦史さんは言葉を掛ける。
「では、貴女が欲しいものは何ですか? お金ですか?」
「あ、あのね、一原さん」
「……以前、買取ショップの前を偶然通りかかったことがありました。そこに、貴女が居た。貴女は俺がプレゼントしたバッグを売っていましたね。まだ付き合っている時の話です」
「あれは……ちょっと生活に困ってしまって」
「他のものも……俺がプレゼントしたものを貴女は数回身に着けた後、もうそれを俺に見せなくなった。それは、すべて売っていたからではないですか?」
「い、一度貰ったものをどうするかは私の自由です!」
「そうですね。否定はしない。そして、ものを与えるだけが愛情でもない。俺は貴女にはもう何も与えてあげられませんよ。それでも、俺を選びますか?」
「……っ!」
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