4133人が本棚に入れています
本棚に追加
「そうだな。また来週も、その次もあるな。今日は仕方ないから頑張ってくるよ」
「……っ」
「空。昨日は本当に楽しかった。ありがとう」
「あの、僕の方こそありがとうございました」
立ち上がった敦史さんは手を伸ばして、僕の頬に触れた。
「痛まないか?」
昨日のことを気にしているんだ。僕は首を振る。
「平気ですから、気にしないで下さいね」
「……ああ。でも、もし何かあったらすぐに知らせてくれ。駆け付けるから」
「今日は仕事があるじゃないですか」
「仕事なんかより、空の方が大切だ」
――っ!
そんなことを言われたら、意識してしまうし勘違いしてしまう。僕は赤くなった頬を隠すように俯いて、敦史さんの背後に回り込んで背中を押した。
「ほら、早く行かないと!」
「あ、ああ。それじゃ、行ってきます」
強制的に敦史さんを送り出して、玄関のドアを閉める。途端に、大きな溜息が漏れた。
「……敦史さん」
ぽろりと零れた名前。
おかしいな、こんな気持ちになる予定は無かったのに。
僕は行き場に迷う感情を心の奥に仕舞い込むことも出来ずに、高鳴る胸の鼓動を静かに聞いていた。
「……パン、食べよう」
自分のパンを焼く気になったのは、敦史さんが出て行ってから三十分も経った後だった。
最初のコメントを投稿しよう!