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残業の夜
「お疲れ様ですー」
「お疲れー」
退社時刻になったフロアはがやがやと騒がしい。僕はパソコンの電源を落として「ふぅ……」と息を吐いた。
敦史さんとは、あれから特に、何もない。帰宅時間が合わないから映画を観ることも出来ないし、敦史さんの方が忙しくなってしまったので休日に、その……デートをする時間も無くなってしまった。
変わらないことと言えば、早く帰った僕が作ったマズいご飯を毎日食べてくれることくらい。三回に一回くらいは、美味しいの作れるけど……所詮、男の料理だし。女の子が作るような可愛いトッピングも思いつかないし……それでも敦史さんは喜んで食べてくれる。残さずに、全部。「空の料理は特別だ」って褒めてくれる。その度に僕の心はぞわぞわと欲に似た感情を生み出すのだ。
――もっと、認められたい。もっと、見て欲しい。
こんな気持ちは初めてで、僕は毎日のように戸惑ってしまう。
「あのぅ、先輩……」
「っ!」
急に後輩の須田に話し掛けられて、僕の心臓が跳ねた。それを表には出さずに、僕は「何?」とそっちを見ずに須田に言う。須田は、とても小さな声で言った。
「……明日の会議で使う資料ってご存じですか?」
「知ってるも何も、須田が作る役割だったじゃないか」
「それが、その……印刷しようとしたら、間違ってデータを消しちゃって……」
「何!?」
思わず僕は声を荒げてしまった。
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