残業の夜

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 帰宅して、敦史さんが沸かしておいてくれたお風呂に入り、これまた敦史さんが作っておいてくれたご飯を食べる。敦史さんが作ってくれるのはだいたいが和食で、それが得意料理なのかなって思った。  先に休んでくれて良いのに、敦史さんは「一緒に食べよう」って僕がアイスを開けるのを待っていてくれた。ソファーに並んで、冷凍庫から出したての少し硬いアイスをスプーンでつつく。バニラの甘い味は、一日の疲れを取るのに十分な効果を見せた。 「……」  僕はちらりと敦史さんを盗み見る、と、ばちんと目が合った。向こうもこちらを見ていたんだ……! 僕は「な、何ですか?」と口の中のアイスを溶かしながら言った。敦史さんは笑って言う。 「美味しそうに食べるな、と思って」 「だ、だって美味しいですから……ひとくち食べますか?」 「気持ちは嬉しいけど、俺も同じアイスだ」 「あ、そっか」 「でも、空に食べさせてもらったらもっと美味しいかな?」 「っ……ば、馬鹿なことを言わないで下さい」  敦史さんはふふっと笑ってからアイスを食べることを再開した。これが、年上の余裕ってやつ……ああ、僕は振り回されてばかりだ。いや、勝手に振り回されているだけだけど。敦史さんは、別に、僕のこと、何とも思ってないだろうし……。 「……」  スプーンを握る敦史さんの手を見る。指が長くて、とても綺麗だ。爪も綺麗に整えられていて、完璧。隙なんか無い。馬鹿な僕と違って、敦史さんは出来る男。その手で、いろいろなものを掴んで、努力して、そして、誰かを愛すんだ。良いな。敦史さんに愛される人って羨ましいな……。  コンビニでの出来事を思い出す。何で敦史さんがゴムを見ていたのかは疑問だ。もしかしたら、会社に気になる人が出来たのかもしれない。じゃあ……。  この同居生活も、三か月よりも早く終わってしまうんじゃないか。そんな不安が押し寄せてきた。そう、この生活には期限がある。忘れちゃ駄目なのに、ああ……。  こうやって隣に居られるのも、残り少ない時間なんだ。僕はどうすれば良いんだろう。どうすれば、もっと一緒に居られるんだろう。
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