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何だか申し訳ない、みたいな顔をする敦史さんに僕は言った。
「良いんです。ついでですから」
まさか「胃袋を掴め作戦」を実行しています、なんて言えない僕は「健康な食生活に目覚めました」と敦史さんに嘘を吐いた。敦史さんは目を丸くして、二つ並ぶお弁当箱を見た。タイミングを見計らって「それは、敦史さんの分です。良かったらどうぞ」と僕が言うと「ありがとう。嬉しいな」と笑顔を見せてくれたのだ。その笑顔だけで頑張れる単純な僕は、こうして作戦を滞りなく一週間続けられているというわけだ。
敦史さんがお弁当箱を覗き込もうとするので、僕は両手をパーにしてそれを阻止した。
「お昼になってからのお楽しみですよ」
「そうか……楽しみにしているよ。ありがとう」
そう言うと敦史さんは顔を洗いに洗面所に消えた。僕は息を吐く。うちわを持つ手は、緊張で震えていた。
戻って来た敦史さんとテーブルに着く。朝ご飯も、僕が作っている。作ると言っても、パンを焼いて、コーヒーを淹れて、ゆで卵を並べるだけなんだけど……。
「……」
「……」
朝は忙しいからだいたい黙々と食事を済ませる。いつもと変わらない朝だ。けど、今日は違った。敦史さんが「そういえば……」と口を開いたからだ。
「彼女が出来たんですかって言われたよ」
「っ!?」
僕は飲んでいたコーヒーを吹き出しそうになった。そんな僕をよそに、敦史さんは続ける。
「毎日のように手作り弁当だから、そう訊かれた」
「あ、え……そうですか。あの、ご迷惑なら止めますけど……」
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