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それからも、僕は成功と失敗を繰り返しつつお弁当を作り続けた。どれだけしょっぱい玉子焼きを作っても、敦史さんは「美味しかった」としか言わない。謝罪をする僕に対して「ちょうど良い味だったぞ?」って笑ってくれる。
もっと、美味しいものを食べてもらいたい、満足してもらいたい。その一心で料理の本を買って研究したり、須田のお弁当をこっそり覗いて研究したりした。
今日は、土曜日。
月曜日に使う食材を買いに行かなきゃ。ジャケットを身に着けた僕を見て、敦史さんが言う。
「出かけるのか?」
「あ、はい。ちょっと……冷凍食品とかを」
「なら、車を出そう」
「いえ、バスで大丈夫です」
「空は、俺と出かけるのが嫌か?」
何だか前も同じような会話をしたぞ……。
嫌なんかじゃない。むしろ――。
「……敦史さんと行きたいです」
「よし、ちょっと待っていてくれ」
着替えるために自室に向かう敦史さんの背中を、僕はどきどきしながら眺めていた。スーツ姿の敦史さんも格好良いけど、普段着の敦史さんも素敵だから……。
僕は、消えているテレビの黒い画面を鏡の代わりにして、くるりと全身をチェックした。大丈夫。変じゃない。残念じゃない。
「お待たせ、空。行こうか」
季節はすっかり肌寒い日が続いている。敦史さんはぴしっと黒いジャケットでキメていた。
「それじゃ、デートをしよう」
微笑む敦史さんに、僕はただ頷くことしか出来なかった。
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