近付く距離

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近付く距離

「んー」  月曜日のオフィスは何となく空気が重い。皆まだ、頭と身体が休日から目覚めていないからだろう。僕もそうだ。あのふかふかのベッドが恋しくてたまらない。今すぐ帰って夢の世界に飛び込みたいくらいだ。  結局、日曜日もぼんやりしている間に終わってしまった。荷解きは進まず、クローゼットは空っぽのままだ。今朝、蓋を開けてシャツを数枚出してベッドの上に並べておいた。帰ったらハンガーにくらい掛けようとは思っているけど。   「せーんぱい」  にやにやと後輩の須田が僕の肩を叩いた。月曜の朝から元気な奴だ。 「先輩、今日はお車で通勤でしたね? もしかして、お見合い相手のキャリアウーマンに送ってもらったんですか?」 「……うっ」  そういえば、須田には一度「今度、お見合いをさせられる」って愚痴ったことがある。そのことを覚えていたのだろう。ああもう……触れられたくない話題なのに。 「格好良い車に乗ってる女性なんですね。高いでしょう? あの車種は」  そう、敦史さんは良い車に乗っている。色はシルバーで、座席はもちろんふかふか。もう数年乗っているって言っていたけど、車内は新品のにおいがした。  僕はいつも通り電車で通勤するつもりだったんだけれど、敦史さんが「乗っていけば良い」と言ってくれたのだ。もちろん僕は断った。だって、僕の会社と敦史さんの会社は逆方向だから。けど。 「俺はドライブが好きだから気にしなくて良い。帰りは迎えには行けないが、朝ぐらい車でゆっくりして欲しい」  そう笑顔で言われてしまえば、頷くしかなかった。  車内では朝のニュースがラジオで流れていた。新聞は契約していないし、朝はテレビを観る時間が無いからって、ニュースは出勤中のラジオでチェックしているんだそうだ。僕はラジオの声を聞き流しながら、いつもと違う出勤の風景を助手席の窓から眺めていた。ちらりと横を見ればハンドルを握る敦史さん。その横顔は格好良くて、妙にどきどきしてしまった。
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