<第四話・女総長、逆行す>

3/4
43人が本棚に入れています
本棚に追加
/180ページ
 ***  花蓮が通っていたのは、数宮市と漢庭市の堺にある“ひまわり丘幼稚園”である。今の自分はどうやら、年長組の生徒ということになっているらしい。母に見送られて、幼稚園のバスに乗り込む。中では小さな園児達が、わらわらとバスに乗って騒いでいた。隙あらば通路にはみだしてふざけようとする男児らを、必死で幼稚園の先生が座席に戻そうとしている。 ――幼稚園の先生ってマジ大変なのな。……まあ、ここ幼稚園だし、極端にチビな奴がいないだけマシなのかもしんねーけど。  とにかく、この状況をきちんと把握できるまでは、大人しくしている必要がありそうである。幼稚園の頃の自分はどうだっただろうか、と記憶を辿れば辿るほど憂鬱だった。ガラスには、長い髪を赤い大きな球の髪留めで二つ結びにした、スカート姿の少女が映っている。幼稚園の制服を着た、どこからどう見ても大人しそうな幼女。今の自分の本性とは、あまりにも似つかわしくないものだ。  手も足も細く、なんとまあ頼りない身体であることか。体力は落ちてないようで、マンションの階段をいくら降りても息がきれないのは有難いことであったが。とにかく、この頃の自分らしく振舞うというのが、花蓮にとっては苦痛でならないことだった。か弱いお姫様、あるいはいじめられっ子で女の子らしい女の子。それらは花蓮が嫌い、全て過去に捨ててきた忌むべき産物に他ならない。  だってそうだろう、あの頃の自分に今の自分のような力や勇気がもしもあったなら――もしかしたら、“みつるくん”が、あんな風に死ぬことなど無かったのかもしれないのだから。 ――そうだ。  みつるくん。  その名前を思い出し、はっとする花蓮。動き出したバスの中、ぐるりと座席を見回した。揃いの黄色い帽子をかぶった園児達の中に、“みつるくん”らしき少年の顔は見えない。いや、自分の記憶も十一年も前のものなので、はっきりとその顔を覚えている自信があるわけではなかったが。 ――もし、俺が本当に逆行したんだとしたら。みつるくん、もいるのか?今から行く幼稚園に。  バスに乗っていない園児がいるのはなんらおかしなことではない。“歩きコース”と呼ばれる親に直接送り迎えをしてもらうタイプの園児ならば、バスではなく親の車や自転車に乗って幼稚園に来ている筈なのだから。みつるくん、が実際はどちらであったのかは覚えていないが、バスにいないということはそちらの可能性が高かったということだろう。  そして、周囲の園児達の制服を見、自分の制服を見る柚希。家でうっかりカレンダーを見てくるのを忘れたが、自分達が来ているのが夏服で外でセミが鳴いているということは、今は七月から九月くらいの時期ということなのだろう。そして、保育園と違って幼稚園には“夏休み”というものがある。幼稚園の夏休みの時期は、確か小学校の夏休みとほぼほぼ時期が重なっていたような気がする。  そしてみつるくん、が殺されたのは冬。もう少し先のこと、であるはずだ。
/180ページ

最初のコメントを投稿しよう!