<第四話・女総長、逆行す>

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「せ、先生!」  少し悩んで、花蓮は後ろに座っている先生に声をかけた。通路にひっくり返っていた悪ガキを座席に戻す作業に追われていた女性は、なあに?と笑顔を作って呼びかけに答えてくれる。  うっすらと額や頬にシワが刻まれ、髪をひとまとめにした中年の女性。胸には“みどり先生”と書かれた名前が刻まれている。そうだ、思い出した。自分達のおひさま組の担当が彼女だったはずだ、と。声が優しくて面倒見がいいので、花蓮も結構気に入っている先生だった記憶がある。 「え、えっと、その……」  幼稚園児の一般的な知識はどれくらいなものだっただろうか、と悩んだが。携帯電話という便利なものを持たせて貰っていない以上、先生に聞かなければ情報は得られない。 「今日は、何月何日、ですか?」  果たして、幼稚園児は“何月何日”というのをどこまで把握できる生き物だっただろうか。確か壁にお誕生日の人の名前と月が貼ってあった記憶があるから、それくらいは尋ねても不自然ではなかったと思うのだけど。 「今日は九月三日よ。夏休みが終わったところだものね」  花蓮の態度を特に不自然に思うこともなく、みどり先生はにっこりと微笑んで返してくれた。九月三日、とその日付を口の中で転がしてみる。もしみつるくんがこの世界に存在しているとしたなら、彼が殺されるまで四ヶ月を切っているということになる。  そう思って、花蓮はじわりと胸に広がるモヤを自覚せざるをえなかった。自分はまた、あの時と同じ悲しい気持ちを味あわなければならないのか。みつるくん、がいなくなる日を――再体験しなければならないのか。 「その、じゃあ……」  先生が忙しいのはわかっている。それでも、尋ねざるをえない。 「みつるくん、は今日も、幼稚園に来てる?」 「みつるくんって、同じおひさま組の“千堂美鶴(せんどうみつる)君のことよね?きっと来てると思うわよ。美鶴君は、お休みすることが少ないから」  千堂美鶴。それが彼の、フルネームであったらしい。ありがとうございます、と花蓮が返そうとすると。 「かれんちゃん!きょうは、みつる君をゆずってよね!」 「へ?」  近くに座っていたおかっぱ頭の女の子が、甲高い声で非難してきたのだった。バッジには“さかもと あや”と書かれている。 「みつるくんは、みんなのみつるくんなの!いっつもかれんちゃんばっかりで、ずるいんだから!!」  その言葉だけで、美鶴が周囲の女子達からどう思われているのか知れたようなものである。お、おう、と曖昧な返事をするしかない花蓮だ。 ――そうか、やっぱり……幼稚園に、来てるのか。  ずきり、と胸に痛みを感じて俯いた。もう一度彼に会える。忘れようとしていた初恋と、再び来るかもしれない悲劇が、同時に花蓮をちくちくと苛み始めていたのだった。
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