<第七話・箱庭のルール>

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<第七話・箱庭のルール>

 一応、美鶴の話は理解できた――と思う。まださしもの花蓮も混乱を脱してはいなかったけれども。 「……話はわかった、けどさぁ」  信じられないが、つねってもひっぱっても夢が醒める気配はないし――自分が現に幼稚園児になっていて、もう二度と会えないはずの初恋の少年が目の前にいるのもまた事実ではあるのである。  とりあえずは、信じるしかないのだろう。何よりそこでウダウダ言っていても、話が進まないのは間違いないのだから。 「いくつか質問してもいいか」 「どうぞ」 「実際のところ、俺は今どういう状態なわけだ?逆行したってことは、時間が巻き戻ったってことなのか?お前の気が済めば、俺は自動で元の世界に戻れるのか?正直、このまま戻れませんは非常に困るんだけども?」  幼い頃恋い焦がれた少年が――まあ、だいぶ予想の斜め上とはいえ目の前に現れて、嬉しい気持ちがないわけではないのである。  ただ、じゃあ元の世界に戻れなくても問題ないかと言われれば、全くそんなことはないわけで。  一番大切なのは、今の自分の“現実”だ。大切な仲間達が窮地に陥っているかもしれないのに、それをみすみす見逃すことなどできないのである。いや、そらどころか自分が逆行したことで歴史が変わってしまうようなことになったら論外以外の何者でもない。  バタフライ効果という言葉は、花蓮だって当然知っていることなのだから。 「ふむ、そこからきちんと説明しておくべきだったな」  尤もな疑問だ、と頷き。美鶴は再び棒で地面に絵を描いた。 「まず、お前は逆行して、元の十七歳の記憶を保持したまま幼稚園児になったわけだが……実際に、時間遡行を行ったわけではないし、時間そのものが巻き戻ったわけでもないのだ。私がいくら魔術師だと言っても、そこまでの行為を行うにはあまりにも莫大な対価が必要でな」 「どういうことだ?」 「時間の流れは不可逆ということだ。未来のお前の魂を過去に戻して過去の体にねじ込もうとすれば、当然本来存在したはずの過去のお前の人格を上書きすることになってしまい、パラドックスが生じることとなる。また、時間そのものを巻き戻すことは、その時間を生きた何億レベルの人々の運命を全てやり直すことにも等しい行為となる。例え私が命を賭けたところで、私一人の命では到底対価が支払いきれるものではないのだよ。魔法は万能だが、それはあくまで対価が無制限に払えるのなら万能という、それだけの産物なのだ」  なんとなく、わかった気はする。ようはお金でモノを買うのと同じなんだな、と花蓮は思った。  どんな巨大なものも高価なモノも、それこそ島だろうと航空機だろうと、基本的には金さえ積めばなんでも買える。しかし、その積む金がなければ買うことはできない。  人が命、という名の最大級の対価で支払える“金額”など、さほど対したものではないのだと、つまり彼はそう言いたいのだろう。
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