54人が本棚に入れています
本棚に追加
逃げんなよ
そこまで言われて、意識しないなんて無理だ。
自意識過剰と笑われてしまうかもしれないけど、彼から徹底的に逃げていた。顔を合わせれば、声を聞いたら、きっと思い出してしまう。
午前中には総務課に来ていた黒いスーツを見つけて、トイレへ引き返した。会わないように細心の注意を払いながら、壁を伝って社内を移動する。忍者か。
「さっき一磨さん来てましたよ」
雪は面白がっている。
「何の用事?」
「領収書置いていきました」
「ええ・・・」
領収書がデスクに数枚置かれている。1ヶ月分をまとめて提出してくれれば問題ないのに、こうして数枚ずつ持って来るようになったのはつい最近の事だ。こっちとしては処理しやすいけれど、彼にとっては手間だろう。休日出勤する程忙しいのに・・・
頭を振った。余計な事を考えている場合じゃない。仕事に集中しよう。あまり色々と考えたくないのが本音だ。
定時ぴったりに席を立つ。
今日は速攻で帰ると朝から決めていたから、机の上は予め片付けていた。パソコンのシャットダウンを確認して、コートを羽織る。
「お疲れ様、お先に失礼するね」
「お疲れ様です」
弟さん待ってますよ、と雪が微笑んだ。
最初のコメントを投稿しよう!