橘という男

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いい加減仕事に戻れとあしらう一磨と別れて、階段を降りる。 気になったら黙っていられない、無意識に一階へと足を運んでいた。 誰かの色恋を気にするなんて中学生じゃないのに。橘は苦笑した。 「雪ちゃん、手伝うよ」  「橘さん」 「雪ちゃんの顔が見たくなって。何しようか?」 艶々の髪の毛を綺麗に巻いた雪ちゃんが、「なんですかそれ」と笑う。疲れた時は可愛い子の顔が見たくなるのは本音だ。 ーーーもし、牧原さんじゃなくて雪ちゃんなら。 雪ちゃんは明るくて可愛いし、愛嬌もある。彼女にするなら間違いなくコッチだ。納得する。 何故、牧原さんなんだ? 未だに分からない。 笑顔を貼り付けたまま、総務課を見渡せば探し人はすぐに見つけられた。 「もう終わったので大丈夫ですよ、ありがとうございます!」 「なら良かった」 「久々に残業になっちゃった。ね、聖さん」 聖さん、こと、牧原さんが振り返る。 化粧っ気のない、薄い色のまつ毛が揺れてこちらを見上げた。 「お疲れ様です。」 「牧原さんもお疲れ様!昨日は大丈夫だった?」 相変わらず表情が乏しい彼女に近づく。 はあ。と気の抜けた返事をして見上げる様子は、小動物を連想させた。 「・・・取って食われなかった?かな?」 彼女にだけ聞こえるように少し屈む。 途端、能面のような横顔がぶわっと熱をもち視線をわずかに彷徨わせた。
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