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手提げ紙袋を二つ持ち、外に出ると橘はビルを見上げて目を細める。3階の休憩室。
ガラスは反射して中の様子は見えないが、もし居るとすればそこにいるのだろう。
「すみません、ありがとうございます」
少し遅れてきた牧原さんが駆け寄る。暖かそうなコートに身を包み、さらにマフラーでモコモコだ。防寒がすごい。何となく北国の小学生を連想させる。
「一つ持ちます」と手を伸ばした牧原さんをやんわり断わる。あの可愛らしい手にこんな重い袋を持たせるのは心が痛むのだ。
「車あっちだから」
「はい、あの。今更なんですけど」
「うん?」
「橘さん残業じゃないんですか?」
「そうだけどさ、気分転換したかったし。気にしないでよ」
警戒心の薄くなった瞳が、ぱちぱちと瞬く。
よく見ると彼女は、ヘーゼルナッツのような薄い茶色の目をしていて、街灯の光を集めたようにキラキラと揺れていた。全体的に色素が薄い子だ。
「どうやってお礼したらいいのか・・・」
「ん?・・・お礼かぁ」
思わず吸い込まれるように身を屈める。
ぱち、と揺れたまつ毛を横目に顔を近づけた。
3階から見えているといいな、とほくそ笑みながら。
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