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「おい」
低い不機嫌な声だった。
背後から聞こえ、びくりと振り返れば遠くに座っていたはずの彼が見下ろしていた。というか、怒っている。私なんかした?この一時間半を思い返すも、一言も会話すらしていないけれど。
「え、」
「野菜」
「・・・野菜」
「食ってないだろ、お前」
「・・・食ってないですけど」
ギリ、と不機嫌そうに眉間に皺が寄る。
野菜。サラダの事だ。
まさかこの歳にもなってサラダを食べない事で怒られそうになるとは。怖いやら不思議やらで背筋が冷たくなる。
ゴトンと大きな音を立て目の前に置かれたのは、とりわけ皿に載せられた山盛りのサラダだった。
脳内処理が追いつかなくて、サラダと目つきの悪い彼の顔を交互に見る。訳がわからずに見上げれば、チッと舌打ちをされた。舌打ち?
「空きっ腹で酒ばっか飲んでたら、身体に悪いだろうが・・・!」
「は・・・?」
個室は静まり返った。
「一磨さん、私の席に!どうぞ!」
雪が席を空ければ、そこに彼が乱暴に座った。そうすれば退路は自然と塞がれていて、仕方がなく席に座り直すしかない。
対角線状の席に座った雪が、とても楽しそうにこちらを見ていてげんなりとした。
諦めてため息をつき、横から強い視線を感じながらもフォークを手にとり、赤いプチトマトにぶっ刺した。
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