神さまとテスト

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 入学手続きの書類をもらうために事務室へとむかう。入試のときにも通ったはずの廊下だけど、よく覚えていない。  あのときは、試験以外のことに注意をむけることができなかったから。  緊張と集中。  はりつめた気持ちを触ることができたなら、ピンと高い音が鼓膜を突いただろう。帰り道はやけに体が軽く感じられたことだけが、しっかりと頭に残っている。  改めて入る校舎はけっこうおんぼろで、いたんでいるところをついつい探してしまう。  通路はこすれて色が変わり、掲示板は画びょうの穴だらけ。金属の光沢がなくなった窓枠の先に見える教室はがらんとしていて、とても静か。なにも書かれていない黒板が、新しい学年の始まりを待っていた。  案内板によれば、ここを曲がった先が事務室のはず。右に折れると探すまでもなく、奥に伸びる廊下をふさぐように机が二つならんでいた。「合格者受付」の黒い文字が、さしこむ日の光をあびて白い紙によく映える。  椅子から事務の女性が立ちあがり、にっこりと笑って会釈した。ずいぶんきれいな人だな。まるで関係のないことを思いうかべながら、お辞儀を返した。 「433番の加藤ユリカです」  きれいな人はプリントに目を落とすとリストを指でなぞり、チェックを入れた。たしかに自分の名前が書いてある。 「おめでとう」  わきに立てかけられた茶封筒から一つを選び出し、ほがらかな声をそえてさし出してくれた。 「ありがとうございます」  手に伝わる書類の重みで、ようやく合格した実感がわいた。肩から力がぬけて、体の奥へ奥へとあたたかなものがしみこんでいく。  校舎から出て仰いだ空は、思いのほか高くなった太陽がまぶしかった。  目を細め、うすくはいたような雲をながめていると、いつもの不思議が顔を出す。  どうしてあたし、勉強ができるようになったんだろう。  中学に入ってすぐの一学期、情け容赦のないテストの洗礼。勉強したはずが成績はボロボロで、これじゃあいけないと思ってみても、なにをどうすればいいのかわからなくて、不安で胸が苦しくなった。  好きでもない勉強で悩むのはいやだから、もう本気で勉強のことは知らんぷりにしてしまおう、なんてことも考えた。  夏休みの宿題だってクラブが忙しいことを口実にやらないつもりだった。ここまでは、はっきり覚えてる。  ところが二年生になったときには、机に向かうことが当たり前になっていた。勉強がいやでいやで仕方がなかったあたしが、いつの間にか変わっていた。  何度思い返してみても、どうしてあんなに勉強する気になったのかちっともわからない。なにかとても大切なことがあったはずなのに、あきれるくらいに心当たりがまっ白だ。  もし神さまが本当にいるのなら、あたしになにがあったか、教えてくださいませんか。
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