5:バナナ男子は出会う

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5:バナナ男子は出会う

すっかりと寒くなったのに彼は今まで以上にベッドから起き上がるのに時間がかかるようになっている。 「ほら!暖房で部屋も温かくなったでしょ~ 早く起きないと先にご飯、食べちゃうから!」 出来立ての朝ごはんをテーブルに並べて声をかけると、ようやく彼が布団から顔を出した。 彼が言うには自分はバナナだから寒さに弱いのは仕方ないらしい。 温かいスープを幸せそうに飲む彼に思わず口元がゆるむ。 相変わらず彼はマイペースだし、基本はのんびり屋だけれど少しずつ変わってきているとあたしは思う。 あたしが彼と一緒にいて少しだけ変わったのと同じように。 「そうだ、駅前のイルミネーション見たいっていってたよね。今日、仕事終わりに迎えに行くから見に行かない?」 通りがかりに何気なく言っただけだったのに、 覚えていてくれたことに驚きながらも嬉しくてあたしは頷ずく。 寒いし今日はパンツスタイルで出勤しようと思ってたけど新しく買ったワンピースとコートを着ていくことにしよう。 着てきた服装から帰りにデートだと見透かされ冷やかされながらも定時になった途端、急かされるように退勤を促されるのに面映ゆい気持ちで周りに挨拶しながら暗くなり始めた 街中へと足を進めた。 時間的にはまだ夕方なのにすっかりと暗くて、かなり風も冷たくて白い息で手を暖めながら待ち合わせ場所へ着くと同時に携帯を取り出す。 彼も仕事をするようになってからはやはり不便だと自分用の携帯を購入してのだ。 まぁそれはそうだろうな、と思う。 彼はすぐには着けないみたいでお店の中で時間を潰すように言われて謝る彼に気にしないようメールを送りながら駅ビルへと入ってお店を眺める。 外もそうだけどこの時期はどのお店もクリスマス1色でどこもキラキラとした飾りで人も普段より賑わっているように感じた。 気になって入ったお店はメンズショップ。 奥にはインナーも置いてあって下着もかなりの種類とデザインが用意されている。 彼が普段、身につけているのは至ってシンプルな下着だしたまにはキャラクターも可愛いのではないかと幾つか手にとってみた。 本当にプレゼントしよう!と決めたわけじゃなく…暇潰しも兼ねて…でも結構、本気で買ってしまおうかと思い始めていたりという…そんな時、声を掛けられた。 「お前はここで何をしているんだ」 聞き慣れたー、けれど久しぶりに耳にするその低い声にあたしは身体を固くするだけで振り返ることが出来なかった。後ろにいるのはスーツにコートをきっちりと着た体格もしっかりとした年配の男性。黒髪に白髪が混じり始めている。眉間に深いシワを寄せてあたしを見下ろすその瞳は鳶色だが今はよく解らない。 「な、何でここに…」 顔を反らしながら答えると仕事だ、と一言返される。 昔ならともかく営業でも管理職になった今はほとんど外回りはしてないって言ってたのに! 「で?お前はこんな所で何をしている」 「べ、別に?ただ暇潰しにお店を眺めてるだけだし」 「暇潰しで男物を見るのか?」 「そんなのあたしの自由でしょう」 気まずくて顔を合わせられなかった。 見られるにしてもせめて服とか小物だったら良かったのに…とか、完全に自分のせいなんだけどタイミングが悪すぎる! 「ごめん、あたし友達と約束してるからもう行くね」 そう言ってその場から立ち去ろうとしたけど出来なかった。あたしの腕はしっかりと掴まれていたから。 「痛いから離して」 周囲の目を気にして小さな声で言うが相手は聞くつもりがないみたいだった。 「お前は人に言えないようなことをしているのか?」 「してるわけないでしょ!離してよ!」 「ならコソコソ逃げるようなことするんじゃない!」 大きな声を上げられ、注目が集まり始めるのに、 腕を振り払おうとするが力が強くて出来なかった。 「離してって…」 恥ずかしいし手首は痛いしで泣きそうになる。 だけど次の瞬間、あたしの腕を掴む手が横から伸びてきた手に掴まれた。 「手をはなして」 あたしを護るよう抱き締めながら彼が言う。 真っ直ぐと視線を相手に向けて。 「私は父親だ!」 お父さんは一喝するつもりで言ったんだと思う。 割と強面だし社内でもかなり怖がられているとか聞いたことがあったから。 だけど彼はそんなのにちっとも怯まないみたい。 あたしの手首を掴んでいたお父さんの手が慌てて離されたと思ったら顔を歪めて痛そうに自分の手首を擦っている。相当、強く掴んだみたい…。 「父親だろうと彼女を傷つけるならゆるさない」 あたしを自分の背後に押しやってお父さんと向き合う彼にあたしは顔が熱くなっていくのを止められなかった。いつもはのんびり屋のくせに…こんな時にはすごくカッコいいなんてズルすぎる! カッコいい、けどあたしはどうしようと内心、頭を抱えた。対面した以上、紹介することは避けられない。 だけど何て言って紹介すればいいの? バナナです。なんて親に言えるわけがない!! 「お前は一体…」 「おれはバナナだよ」 あたしの困惑なんて他所に彼はアッサリとお父さんに告げた。待って普通におかしい。 いや事実なんだけど、でもおかしすぎるから! 何とかしてフォローをしようと悩んでいたら、 「貴方はびわだよね」 彼はお父さんに向かってそう言った。 え? 「……昔の話だ」 溜め息をついてそう返したお父さんに、 あたしは頭抱えて倒れたくなった。
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