果てなき空に見る星よ

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「──(じん)。ここで少しばかりお別れだ」  楼の狭い部屋の中、名残惜しく、朝霧は抱く我が子に頬擦りをした。抱かれた子はすやすやと安心しきって眠っている。 「仁。仁。腑甲斐無い親で済まねぇ。俺のこと忘れないでくれ。必ず会いに行くから」  人との別れには痛みを伴う。それが我が子とのものだったら殊更深く哀しく耐え難いものだろう。 「仁。お前は望まれた子だ。お前は両親が愛し合って、願われて産まれた子だ。幸せになってくれ」  今は夜から朝に変わる黎明(れいめい)(とき)。まさしく朝霧と仁の生きていく道の黎明期だろう。  ぼろぼろと涙が溢れる。溢れても溢れても尽きることはない。朝霧の隣では、女房も目を腫らして赤子の顔を覗き込んでいた。 「仁……仁」  名残惜しい。離れたくない。愛している。言葉に出来ない悲痛な叫びが籠められている。 「朝霧や、心配しなさんな。この(じじい)が責任持って育てるでな」  好々爺とした然の御隠居が朝霧に笑い掛ける。それでも朝霧は抱く我が子を放そうとはしない……出来ない。 「勤めを果たしなさい。身体も息災に。そうすればきっといつかは再会出来よう」  朝霧の頭を撫でながら諭すように言葉を続ける。 「子と引き裂かれる母の辛さは解っておるつもりよ。そなたのその辛さと哀しみと引き替えに、真っ当な男に育てるでな。必ず幸せにしてやる」  願うのは、子の幸せ。手元から居なくなったとしても、生きている限りそれを願う。 「だからそなたも、頑張りなさい。勤めを果たし終えたら、いの一番に会いに来てやってくれ」  朝霧は──手を放した。我が子の徳を失わせて傍で生きるよりも、成長を見ることが叶わなくとも広い世界で生きる道を選んだ。  子を御隠居に託す。深々と……深々と、頭を下げた。 「そなたの大切な子、確かに預かった。約束は(たが)えぬよ。必ず幸せにしてやるでな」  朝霧の返事は声にならなかった。頬から伝った涙が落ちて畳に染みを作る。 「便りを出すよ。時々しか寄越せぬかもしれんが、励みになるやろう」  御隠居が背中を向けて部屋を出る。朝霧は手を伸ばそうとして、それを必死に堪えた。 「頑張りなさい。母を待つ子のためにも、身体を(いと)いなさい」  朝霧はここで限界だった。膝から崩れ落ち、畳に突っ伏して泣き叫ぶ。  この哀しみを、この痛みを──乗り越えるしかない。再び会うために。朝霧ならきっとやり遂げるだろう。  * * *  ────ここは遊廓。この世は地獄。  苦界と云われるこの色地獄の中で、生きようともがく女たち。  張った乳房を、吸う相手の居なくなった母の乳首を、この地獄の中で産まれた別の命に再び吸わせる日が来ることは、また別の話──……
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