一週間後に世界は終わる

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「でもね」  奈央は顔をこちらに向けなおす。  その顔は笑っていた。にんまりと。心底楽しそうに。  まるで台風で授業が中止になった子どものような無邪気さで。アリの巣に水が注がれていくのを眺めるような残酷さで。 「もう誰にも未来はないの!」  奈央は愉快そうに両足をバタバタと振った。フェンスがいっそうギシギシときしむ。壊れてしまいそうだ。 「もう一人に怯えなくていい! 明日を嘆かなくていい! だって、みんなここで終わるんだもの!」 あはは!あはははははは!あはははははははははは!  奈央は空を仰いで笑っている。笑っている。笑っている。心底嬉しそうに。  今、俺はどんな顔をしているだろうか。どんな顔で奈央を見ているだろうか。  自分でもよくわからない。  奈央は俺の表情なんか気にせず笑い続けている。  ひとしきり笑い終えると、奈央は二、三度咳をした。喉を傷めたのだろう。  すると奈央は突然に両手で頭を抱えて体を丸くした。 「ああ…あああ…、私、最低だ…。ひどすぎる…。みんなが未来を閉ざされて嘆いているのに、私だけが未来がなくなって喜んでる……。」  奈央は頭を自罰的にガシガシと掻きむしりながら、がらがらに枯らした声で囁いている。 「慎の努力を踏みにじって、無駄な努力ご苦労様って,ざまあみろって、思っちゃってる私がいる……。慎の頑張りが壊されるのがこんなに楽しい……。キラキラしてた表情が諦観に歪むのがこんなに気持ちいい……。」  酷い酷い酷い醜い醜い醜い汚い汚い汚い。  奈央は呪文のように何度もつぶやいた。何度も何度も何度も。 「こんなの私じゃないって思いたいのに…。でも、こんな私だ…。こんなのが私だ…。」  そう言うと奈央はゆっくりと顔を上げた。顔を涙でぐしゃぐしゃにしながら、それでも微かに微笑んでいるように見えた。 「ねえ、慎。」 「私、こんな醜い私に気づいちゃったら、もう一週間だって生きていられないよ。」  奈央がフェンスの向こう側へと体を倒す。風で髪がふわりとたなびく。  奈央の体が宙に浮いた。 「奈央‼」  俺は地面を蹴って駆けだした。  急に走り出したから足がもつれて転んでしまいそうだった。  必死に手を伸ばす。  あと少し。あともう少しで手が届く。  俺はフェンスから身を乗り出し、奈央の腕をつかもうとする。  間に合う。  そう思った。  間に合うはずだった。  けれど、奈央の腕をとるその直前、奈央は俺の手を弾くように腕を引いた。  俺の手はむなしく虚空をかすめる。  その一瞬、奈央の唇が微かに動いたような気がした。 「          」  直後、奈央の体は地面に激突した。  鈍く、不快な音が静かな学校にこだまする。  目に焼き付くような鮮烈な赤色がじわじわと広がっている。その中心では壊れた人形のような奈央が横たわっている。  太陽の光に照らされたその光景はなんだか額縁に飾られた絵画のようでまるで現実感が持てない。  俺は呆然とその姿を眺めている。  俺がその光景を現実だと実感するのには数秒かかった。  ああ、  ああああ、  あああああああああああああああああああああああああああああああ!  見ていられなくなった俺は校舎の屋上でただ一人、座り込んでぼーっと空を見上げていた。  そこには先ほどと同じ景色が当然のように浮かんでいた。  あざ笑うかのように青い空。責めるように照り付ける太陽。    そして、その隣に輝く一点の光はこう言っているようだった。 「無駄な努力ご苦労様、どうせ一週間後に世界は終わる。」
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