一週間後に世界は終わる

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「慎はさ」  空を眺めていたはずの奈央はいつの間にか俺のほうを向いていた。その大きな瞳が俺を見つめる。俺は思わずどきりとしてしまう。 「野球選手になりたいんだよね?そのために毎日練習してたんだよね?」  唐突な奈央の質問に俺はどきりとしてしまう。  確かにプロ野球選手になるのは子どものころからの夢だった。チームメイトの誰にも言ったことのない夢だけれど、幼馴染の奈央にはその昔、話したことがあった。まさかそんな昔のことを覚えているとは思わなかったが。  その夢を叶えるために毎日毎日努力してきた。そのはずだったのに。  俺は、思いがけない問いかけに戸惑いを覚えるとともに苛立ちを感じた。いまさらそんなことを聞いて何になるというのだ。 「ああ、そうだな。けど、それも無駄だったみたいだ。」  俺は多少の皮肉を込めてそういった。  努力もあこがれも全部水の泡だ。世界はもうすぐ終わるのだから。 「そうだよね。悔しいよね。すっごくすっごく頑張ってたのに。」  奈央はうつむきながらそう言った。その表情を見ることはできない。どんな顔をしているのだろうか。気にはなるが、わざわざ覗き込もうとは思わない。 「ねえ、慎。」  奈央は顔を上げた。目と目が交差する。 「私ね、慎のことがずっと羨ましかった。やりたいことがあって、なりたい自分がいて、そのために一生懸命になれて。慎は輝いて見えた。」 「突然なんだよ。そんなの全部……」 「無駄だったかもね。」  奈央はあっさりとそう言い切った。そんなにストレートに断言されてしまっては怒る気にもなれない。  呆気にとられてしまっている俺に構わず奈央は続ける。 「でも、たとえ無駄なことだったとしても私には羨ましかったの。」 「奈央にはなかったのか?やりたいこと。将来の夢とか。」 「なかったね。皆無だね。」  奈央は茶化すようにそう言った。そうすることで強がっているようにも見える。 「俺からすれば、お前のほうが羨ましかったよ。勉強もできて誰とでも仲良くなれて、奈央はみんなの人気者だった。」  人当たりの良い奈央はみんなから好かれていたし、要領も良くて大抵のことは他人よりうまくできていた。不愛想で不器用だった俺とは正反対だ。 「何が『できた』としても意味ないよ。どんなに速い船だって目指すゴールがなければただ海に浮かんでいるだけだ。」 「その例えでいうと、俺は鈍くさい小船かな。いや、もしかしたら泥船かもしれない。」 「そうかもね。」 「否定してくれよ。」  奈央はふふっと軽く口を押えて笑った。いつも教室で見せていた子供っぽくてあどけない笑い方だ。  ああ、その表情を見て、俺は奈央に対する違和感の原因に気づいてしまった。  奈央がいつも通りだからだ。いつもとおんなじに笑っているからだ。  そんな屈託なく笑えるはずないだろ。そんな明るい声が出るわけないだろ。  ありえない。  もうすぐ世界が終わるっていう異常な状況の中で、奈央だけが変わらず日常をまとっている。  だからこそ、この異常な世界の中で一番異常なのは、奈央だ。 「奈央。今日のお前、なんかおかしいよ。どうしたんだよ。」 「きっと慎は乗った船が泥船だったとしてもあきらめないんだろうな。どんなに失敗しても挫けても、慎はゴールに向かって進み続ける。」 「なあ、とりあえずその薄っぺらのフェンスから降りて、こっちに来てくれ。危なっかしくて仕方がない。」 「ううん、慎だけじゃない。みんな、未来のために頑張ってたんだろうな。」  会話が成り立たない。  奈央は俺の言葉なんか気にせず話し続けている。いや、もう俺の声なんか聞こえていないだろう。  その視線は俺のほうを向いているけれど、その瞳はきっと俺を見てはいない。 「私はそうはなれない。未来の自分が、理想の自分がどうしても思い描けない。どこを目指して進めばいいのか、わからない。」  そう話す奈央に、もう表情はなかった。その深く暗い瞳がこちらを覗いている。その瞳を見ているとなんだか吸い込まれてしまいそうだ。  俺はもう何も言えずにただ奈央を見上げるだけだった。 「迷って迷って迷った挙句に、最後には立ち止まっちゃった。私ね。毎日慎のこと見てて、なんだか置いてかれてるみたいに思ってたの。慎はどんどん進んでいっちゃうのに私だけが前に進めなくて。」  俺は必死の思いで喉から言葉を絞り出す。うまく声が出なくてかすれた音が漏れる。 「そんなこと…」 「わかってる。こんなの全部妄想だって。ただの思い込みだってわかってるよ。」  奈央はそう言いながら空を見上げた。俺もそれにつられて空を見る。先ほどと同じ絶望を感じさせる光が輝いている。 「それでも、怖かったの。頭では理解してるはずなのに。明日が来るのが怖かった。未来が怖かった。一人になるのが怖かった。」
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