ラブレター・フロム・過去。

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聞き慣れたバイクのエンジン音で、無意識に体が起きた。 郵便屋さん、郵便屋さん♪ 子どもの頃に歌った縄跳びの数え歌を口ずさみながら、玄関へと躍り出る。 無言で郵便受けを開こうとした配達員は、ビクンと仰け反り手を止めた。 「……郵便です」 「はい、どうもありがとう」 まさか、平日の昼間に働き盛りの大人が出てくるとは思わなかったのだろう。 ごめんね、無職で。 届いたのは、一通の封書。 丁寧に書かれてはいるが、やや固い筆跡の宛名書き。 送り主は子どもであることが、一目瞭然だ。 はて、自分には甥や姪といった年若い親族はいないはずなのだけれど。 差出人を確認すると、自分自身だった。 二十五年、四半世紀前の。 「タイムカプセル、か……」 嫌な予感を覚えつつ開封する。 いきなりファンシーな絵柄の便箋が現れた。 「うわ、懐かしっ……」 『この猫、知りませんか?』 丸い顔をした迷い猫のキャラクターの頭上に、丸文字のロゴがデカデカと描かれている。 ━━二十五年が経過した現在(いま)、君を知る人は少なくなっただろうね。 挿し絵に向かって、毒づいてしまった。 ダメだ、色々と荒みすぎている。 中を開くと、さらにその症状は悪化していった。 『ちゃお、未来のわたし! 元気?』 ━━それなりに元気だよ。 ていうか、のっけから「ちゃお」って。 そういえば、そんな漫画雑誌があったな。 『25年後のわたしは、37歳だね!』 ━━あたりまえ~、あたりまえ~♪ 十二歳に二十五年を足し算すれば、そうなるわな。 『37歳といえば、もう結婚してるよね!?』 ━━はい、残念でした。独身です。 先月、婚約破棄されました。 社内恋愛だったので、何と、職も失いました! 『子どもは、何人いるかな?』 ━━だから、独身だっつの。 何だこの、要領を得ないアンケート形式の過去からの手紙は!? 『by the way』 ━━バイザウェイ!? そういえば小学六年生の頃、英語教室なんぞに通わせてもらっていたな。覚えたての英文法を使ってみたい盛りの十二歳なんだね、君は。 英語教室も、エレクトーン教室も、中二で辞めちゃったな。父の就労先が傾いて……。 「普通に『ところで』って書けや……」 思わず、しんみりと口に出した。 『マンガ家には、なれたかな?』 ━━なれてないよ。 田舎では「絵が上手」だのなんだのチヤホヤされてきたけれど。 無理を押して入学した進学校では、ガチで美大を目指して絵画教室へ通っているレベルの人間がゴロゴロ存在していた。 夢打ち砕かれた過去を、よくも思い出させてくれたね。 『連載とか、しちゃってるかな?』 ━━だから、漫画家になれてないのよ。 『雑誌社のパーティーとかで、有名な作家さんとお友達になれたかな?』 ━━だから、漫画家にすらなれてないってば! ファンシーな便箋に書かれた硬筆書きの手紙をグチャグチャに丸め、くずかごへ投げ入れる。 十二歳の私よ、よく聞け。 二十五年後のあなたは、 婚約破棄され、 無職で、 独身で、 子無しで、 何一つ夢を叶えられない…… 「価値のない大人になってしまったよ!」 声に出すと、間抜けさ加減が半端ない。 タイムカプセルで送られた手紙に八つ当たりするなんて…… 「愚の骨頂! 愚か者の極み! あと……何だっけ」 ボキャブラリーが貧弱で、自分自身を嘲ることもままならない。 「ごめんなさい、二十五年前の私」 緩慢な動きで手紙を拾い上げ、詫びを入れつつ丸めた便箋を再び広げる。 最後の一文は、こう締め括られていた。 『But どんな大人になっていても、I am what I am 私は私。12歳の私は、37歳の私を応援するよ。FIGHT!!』 不覚にも、笑い泣いた。 <END>
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