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佐々木武臣(テニス部顧問)の証言
――どうもどうも、わざわざ家まで来ていただいて。
ああ、情けない話ですが生徒にやられましてね。教師生活十周年の節目に大変なプレゼントをいただいたもんです、ははは。
市波さんの親族の方ですか。それはさぞかしご心配でしょう……こんな身体で申し訳ありませんが、できることがあればなんでも言ってください、全力で手伝います。
しかし市波さんは茶道部だったはずですが、どうして僕に……。
ははあ、千堂と。意外な組み合わせですな。
いやいや、本当は悪いやつじゃないんですよ。ただ最近親が離婚したようでね。ひどく落ち込んでいたんで相談に乗ってやろうと思ったんですが、このざまです。ははは。
……ほう、そこまでご存知なんですか。
確かに千堂の母親はDVの末に離婚しました。そう、仰る通り『DV加害者』です。日常的に夫を殴っていたと……え、専業主婦なのに家事まで放棄ですか? ははあよくご存知で。
幸い父親はしっかりした方で申し分ありません。そうそう、お勤め先まで知ってらっしゃるんですね。あそこなら学費にも困らないでしょう。
ああ、市波さんのご両親もそうですよね。とても温かくて申し分のないお二人だったと記憶しています。なあに、確かに担任じゃありませんがね、市波さんほど立派な生徒の親ともなるとやっぱり見てしまうじゃないですか。
合唱コンクール、ありゃすごかった。正直なところ、うちの学校じゃさほど盛り上がらないんですがね。市波さんは不熱心な生徒たちひとりひとりと一対一で話し合って、熱い思いを伝えて、みんなをまとめるためにこつこつと説得して回ったと聞いています。
その結果の、あの歌。鳥肌モンでしたよ。
客席のお母様なんか泣いてらっしゃいました。あの涙を見りゃ分かります。自慢じゃありませんが結構な数の親子を見てきましたからね。自信をもって、素晴らしいご両親だと言い切れます。
それに比べて……。
確かに、千堂の母親は親として失格だった。だいたい母親ならどれだけ戦ってでも我が子の親権を取ろうとするでしょうに、あっさり放棄したと来てる。家庭内暴力も親権放棄も、子供にとってひどい心の傷になるでしょう。可哀想に、息子はまだ母恋しってな心境でしょうが、はっきり言って最低ですよ。最低。
けれどまだ十七じゃないですか。あの申し分のない父親のもとで、いくらでも再出発できるんです。そりゃあ今は辛いかも知れない、その気持ちは痛いほどわかる。
ここが踏ん張りどきなんです。道を踏み外すのは一瞬ですよ。千堂が私を殴ることで正しい道の存在に気付けるなら、私は喜んで殴られます。
それが教育者ってものでしょう。
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