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早朝である。
まだ魔地域の一番鶏が鳴く前に目が覚めた。
ベッドから出ると部屋のカーテンを両手で開ける。
まだ外は薄暗い。
朝食の前に、ブラリと散歩に出かけることにした。暇つぶしである。
何やらカンカンと乾いた音が鳴っていた。木材と金属が奏でる音である。
その音に誘われるがままに廊下を進む。
そこは魔王城の訓練所。
高い天井の室内では一人の女兵士が訓練に励んでいた。
丸太で作られた人型の木偶には荒縄が巻かれ、頭部と動体にのみボコボコにへこんだ甲冑が装着されていた。
その木偶を女兵士は木刀でテンポ良く打っている。
灰色のショートカットヘアーに汗が染み込み、首から胸元まで流れている。
汗を吸った革の胸当てが黒く変色していた。
彼女の一太刀は流れる水面の如く三度連続で木偶にヒットする。
一太刀三打のコンビネーションだった。
籠手から決り、次は胸を横打に、最後は脳天を打つ。
素早いフットワークで木偶とすれ違う合間に、その三打を打ち込む。
まさに可憐な剣捌きに窺えたが、その動きに彼女は納得が行かない様子であった。
その為か練習を何度も何度も繰り返していた。
「見学ですか?」
こちらに気が付いた彼女が練習を中断して話しかけて来た。
木刀を下げると一息付いた。
「この度、大任を指命されましてね。一層の努力を重ねたく思いまして、早朝から一人稽古に励んでおりました」
彼女は言いながら訓練所の隅に置かれたテーブルに歩み寄った。
木材で作られた粗末なテーブル上に木刀を置くと、代わりにタオルを手に取り汗を拭く。
そのタオルを首に掛けてから今度は水筒を取って、一口だけ水を飲んだ。
「また、インタビューですか?」
こちらが頷くと彼女は石壁に近付き片足を頭より高く振り上げる。
その高さのまま踵を壁に掛けた。
黒タイツを履いた長くてスマートな両足を真っ直ぐ上下に伸ばしてストレッチを開始する。
伸ばした足の膝部分に額を付ける。
とても柔軟な身体である。
「このようなはしたない格好で申し訳有りませんが、トレーニングの時間が欲しくて。このままストレッチを続けて良いのならインタビューにお付き合いいたしますよ」
訊きたいことは山程有る。
なので構わないと伝えると、彼女は褐色の顔に笑みを見せた。
第一印象は男勝りなじゃじゃ馬娘に感じられたが、意外にも笑顔は女の子らしくて可愛かった。
しかも態度や口調から真面目な気立ても伝わって来る。
歳を訊けば彼女は隠さず答えた。190歳らしい。
秘書官のイグニット嬢より年上だ。
そうは見えない。
人間で例えるならば二つ年上になる。
このボーイッシュな彼女が童顔なのか、イグニット嬢が大人びているのか分からないが、イグニット嬢とは真逆な魅力を持っていた。
「どのような大任を授かった――と?」
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