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「運良く隊長との一件は目撃できたのですが、残念ながら近衛隊長との事件は目撃しておりませんでした」
立ち上がったアビゲイル副隊長は首に掛けていたタオルで汗を拭いながら悔しがる。
「話を聞き付け、急いで現場に駆けつけたのですが、既にことは終わり、近衛隊長殿が血肉を分け与えられた後でした」
アビゲイル副隊長はテーブルの上から木刀を取ると力任せに振るった。
「私も、もっと強くなって挑む積もりです」
魔王に挑むのかと問う。
一つうなずくとアビゲイル副隊長は木偶に歩み寄る。
「魔王城の兵士だけでなく、魔王様の話を聞き付けた魔地域の住人たちにも噂に成っております」
何が噂に成っているのか?
「魔王様に勝てば、魔王の称号を譲られると―――」
ああ、そんなことを魔王も言っていたな、と思い出す。
しかし、まに受ける者が居ようとは思ってもいなかった。
笑いを隠す為に顔を逸らす。
「敵わなかったとしても、その実力が認められたら、魔王軍の幹部として昇進できると―――。褒美として給料アップが叶うとか―――」
その噂は尾鰭背鰭が付いてないかと思った。
褒美はマジックアイテムだろう。給料アップではない。
シュナイダー親衛隊長もそうだが、他にも血肉を分け与えられた幹部連中は、何かしらのマジックアイテムを授かったと聞いている。
てっ言うか、アビゲイル副隊長は現在の給金に満足していないのだろうか?
案外とお金に細かいタイプなのかも知れない。
「ですが、挑むにしろ、それ成りの実力を有して無ければ話にも成りません」
アビゲイル副隊長は、手に在る木刀を見詰めながら言う。
「先日の話です。血気盛んなオークのコック長が魔王様に挑みましたが、デコピンの一発で撃沈しております」
デコピン一発で返り討ち。
そもそもオークのコック長は強いのかと疑問に感じた。
「ええ、コック長はお強い御方です。昔はオークの万匹軍団を率いていた将軍殿でありますから、その実力は折り紙付きです。私と一対一で戦えば五分か僅かにあちらが上回るかと思う強者です」
それ即ち、彼女が魔王に挑んでもデコピンの一撃で敗退することを意味している。
「だから早朝から猛稽古に励んでいるのですよ」
納得した。
「そろそろ稽古に専念したいのでインタビューは終わりで宜しいですか?」
真剣な眼差しに変わったアビゲイル副隊長が木偶の前で構える。
インタビューはここまでだろうと思い、感謝の言葉に一礼を添えて訓練所を後にした。
その後も訓練所からは木刀を振るう音が繰り返し鳴り響いていた。
こうして早朝の散歩を終える。
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