第2話【呪われしメイド少女にインタビュー】

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第2話【呪われしメイド少女にインタビュー】

艶のある黒髪をポニーテールに束ねた少女は、フリルに飾られた白いエプロンと汚れても目立ちにくそうな黒服に、同色の黒スカートで細く華奢な身を包んでいた。 頭には可愛らしいカチューシャが鎮座しており、それからして家事を本職とするメイドだと分かる。 顔もスタイルも平均的に整った少女はメイドとしては可愛くも美し過ぎるチャーミングな女性だった。 まるでリアルな作りの高級マリオネットをイメージさせる。 ただの町娘ならば嫁の貰い先には困らないだろう。 「はい……?」 ポニーテールのメイド少女は、目の前の人物が述べた質問に答えた。 「はい、わたくしたちは先代に連れてこられたメイドでごさいます」 人さらいに遭ったのだろうか──。 それとも拐かされたのだろうか──。 どちらにせよこの世界では、女性が誘拐されること事態が珍しい話ではない。 奴隷とは一般的な商品なのだ。 殺伐とした不幸は日常的なのである。 そして、メイド少女が話を続けた。 弱気な口調に小声だが、言葉遣いは教育が行き届いた丁寧で整ったものであった。 「はい、先代樣は気品を重視した気高いお方でしたので、わたくしたちメイドどもは、雇用される際に育ちとは関係なく再教育を施されております。メイドとしての仕事を習うよりも先に言葉使いを厳しく仕付けられておりました」 メイドたるもの先ずは礼儀作法からなのだろう。間違えていない。むしろ正しい。 話が先代から現在の主に変わると、メイド少女の態度が和らぐ。肩から力が抜けた。 「いまの魔王樣はお優しい方でございます。ミイラ化してもなを魔王城の呪縛に捕らわれ黙々と家事に励むしかなかったわたくしたちメイドにまで、貴重な血肉を分け与えてくれました」 メイド少女が述べた『血肉を分け与える』と言うフレーズが、実に興味深かった。 詳しく訊きたかったがメイド少女の話は、聞き手の狙いとは異なる方向へと進む。 「わたくしたち魔王城のメイドは、呪縛の影響で不老でごさいます」 驚きの告白。 不老──。 その言葉に『血肉』以上の興味を抱く。 「不老と述べましても不死ではございません。万能で無く、永遠でもございません。朽ちる時は朽ち、死ぬ時は死にます」 残念な話に期待感が薄れてしまう。一気に興味が無くなった。 だが、インタビューは続行しなくてはならない。 メイド少女が話を続ける。 「永く年月が過ぎれば体は萎み、風化し、やがては干からびてしまいます。運動機能も著しく低下します。ただし完全に朽ちることはございません。ミイラ化するのです。朽ち果てる寸前で時が、滅びが、一時停止するのです」 ミイラ化して寸止め。 それではアンデッドではないか。 否。 ミイラ化してるのだから立派なマミーである。 正真正銘のアンデッドだ。 メイド少女の可愛らしい瞳が悲しみに潤む。 「ですが、ミイラ化したままでも掃除や洗濯、炊事は続けられます。仕事は継続できます」 そう、呪いは呪いなのだ。 魂を強制的に束縛する。 労働へと縛り付けるのが目的の呪いなのだろう。 それはまるでブラック企業だ。 例えるならば、先代はブラック企業の社長であり、魔王城はブラック企業の本社ビルにあたる。 しかし、話を続けるメイド少女の表情が明るく輝く。口調も弾み出す。 「ですが現在の主殿である魔王様は、このように哀れなわたくしたちに対してまで救いの手を差し伸べてくださいました。魔王城に束縛されし108人のメイドたち全員を救ってくださったのです」 『救い出した』ではなく『救ってくれた』だった。 この言葉の差は大きい。 そして、彼女たちは魔王城にとどまっている。 即ちメイド少女たちは魔王城の呪縛から解き放たれた訳ではないのだ。 呪縛され続けているが、救われたと述べているのだ。 精神的勝利の理由をメイド少女に問う。 「魔王樣はわたくしたちの身分に関わらず、わたくしたち全員に貴重な血肉を分け与えてくださったのです」 108人の魂を救う行動。 それが血肉を分け与えることらしい。 ますます『血肉』が何なのか気になって来た。 更にメイド少女は、瞳を輝かせながら述べる。 彼女はテンションが上昇していることにも気が付かず興奮を隠さない。 「血肉を分け与えられたわたくしたち108人のメイドは、その若さを取り戻し、お肌に潤いを取り戻し、更には生き生きとした活気までも取り戻せました」 恋心も取り戻したと言いたげなメイド少女は、頬をピンクに染め上げながら鼻息を荒くしていた。双眸も血走っている。 「今やわたくしたち108人のメイドは、魔王樣と一つでごさいます。そして魔王樣に対して全員一致で永遠の忠誠を誓いました。魔王城の呪縛が解けた訳ではありませんが、何一つ気になりません」 束縛からの強制労働が、苦でないと言う。 「例えわたくしたちの呪縛が解けたとしても、もう二度と魔王城を離れる気はございません。そのような恩知らずは、この城内に誰一人としておりません」 メイド少女の言葉は盲目の恋に落ちた哀れな乙女の台詞に聞こえた。 しかし、次の瞬間、メイド少女の表情が冷めたものに変わる。 「先代の魔王樣とは死に別れましたが――」 口調も冷ややかだった。そこから先代魔王への敬意の無さが悟れた。 だが、ここからは声色が元に戻る。テンポが花咲いた。 新魔王の話題に話が変わるからだ。 「――今回は、今回こそは、新魔王樣とは永遠に離れません。わたくしたち108の魂が滅するその日まで、メイドとして魔王城にとどまりお仕事に励み続けます」 忠誠心から来る決意と言うよりも、恋心から来る希望と願望のように感じられた。 それだけ情熱的な愛情と信念に揺らぎが無いのだろう。 「魔王城に束縛されること500年以上が過ぎました。しかし、この度の新魔王樣が真の支配者になるまでは、誠心誠意尽くしてお使いするしだいでございます。500年であろうと、1000年であろうと、10000年であろうと!」 万年の誓いのりもメイド少女が口に出した彼女たちの年齢に驚く。 人間の寿命を5倍以上越えている。彼女たちは500歳以上だと言うのだ。 時代は先代魔王が勇者に討伐されて500年が過ぎようとしていた。 各王国では記念祭の準備中である。 そんな最中に新魔王は降臨したのだ。 ―――人間たちには知られず。 「先代の魔王樣が亡くなられて魔王城に主殿不在が永く続いておりましたが、わたくしたちメイドは、その間もお暇を頂くことなくお仕事に励んでおりました」 現在居る場所は魔王城の一室だ。 メイドたちの詰所である。 ここに来るまで城内を幾つか見て回ったが、確かに手入れが細かい所まで行き届いていた。 傷んだ所はもちろん、汚れひとつなかった。 メイド少女が頬を赤らめながら俯き加減で語る。 モジモジした喋り方であった。 「ただただ死を忘れるがための労働が、思いもよらず功績と繋がりました」 108人のメイドが500年もの間、家主不在の魔王城を支えていたのだ。凄いことである。 「日々の努力が時を経て、新たな魔王樣のお役にたった。それだけでこの500年が報われた思いでございます」 魔王城の維持は、新魔王への誕生日プレゼントと化している。 恍惚な表情を浮かべるメイド少女をよそに、突然ながらカランカランと鐘の音が鳴り響いた。 「あら、もう午前の休憩時間なのね」 鐘の音は休憩時間の知らせらしい。 しばらくすると詰所の扉が開いてメイド服姿の少女たちが何人も入って来る。 「あら、お客様でしたか。これは失礼しました」 礼儀正しく頭を下げていたメイド少女が面を上げる。 その顔は、今までインタビューを受けていたメイド少女と瓜二つであった。 それどころか後ろに居る別のメイド少女たちも同じ顔をしていた。 全員が同じ顔だったのだ。 まるで姉妹と言うよりもクローン人間だ。 奇怪な予想だが、恐らく108人のメイド少女全員が同面なのだろう。 メイド少女へのインタビューはこれで終了する。 謎の人物は、おずおずとメイドたちの詰所を出て行った。 新たな話を聞くために──。 インタビューは人と舞台を変えて継続される。
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