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第3話【魔王親衛隊長にインタビュー】
男が腰に下げた刀の柄に右手を回して戦いの構えを築いていた。
大きく開いた蟹股で軽く腰を落とし、右肩と右足を前方に向け、刀を下げた左腰を僅か斜め後方へと向けている。
男の年齢は20代後半に窺えた。
腰まで有る灰色の長髪はオールバック。
尖った妖精耳。
鼻は高く、切れ長の眼光は独眼。
左目には黒いアイパッチを装着していた。
全体にスマートで男前な顔立ちは褐色の肌。
日々の生活環境から日焼けした肌色ではなくファンタジー特有の種族的な色合いであった。
男はダークエルフだ。
魔地域にある黒森に住まう戦闘部族で魔性の黒妖精族だ。
今居るのは広い大部屋。
床も壁も岩のブロック造り。右の壁には窓が幾つか有り、日光が部屋全体を照らし出していた。
そして左壁には剣や戦斧、槍や弓など樣樣な武器が数多く飾られている。
どうやらこの部屋は兵士の訓練所のようだった。
「ご覧あれ、これが秘剣の極意である」
そう述べたダークエルフの前には、鋼で鍛え上げられたフルプレートアーマーが立っていた。
稽古用の打ち込み専用デク人形である。
甲冑の中身は木材の骨組みのみで空である。
そして、ダークエルフが放つ威圧感が空気をザワつかせた。
雄特有の殺気が匂う。
暫く動かない──。
沈黙が続く。
すると決め細やかな刺繍が施された革鎧の隙間から漏れ出た闘気が室内に充満して行った。
ダークエルフの出で立ちは、西洋ファンタジー世界では珍しい二本差しであった。
まるで日本の侍の如く、左腰には鞘へ収まる二本の武器が下げられていた。
しかし、侍のように大小ではない。
一本は刀で、もう一本は剣であった。
西洋めいた剣と東洋チックな刀。
ソードとブレイドの二本が同じ左腰に下げられている。
それがアンバランスに窺えた。
剣は西洋ファンタジーらしく装飾が施されたロングソード。
刀身の長さは90センチぐらいで身幅も6センチ程と太い。
金細工が施された十字の鍔は芸術的だった。
鞘も鮮やかな金細工で飾られている。
見るからに高値が付く一品だろう。
一方、ダークエルフが現在構えるがまま手を掛けている刀は、装飾のレベルは剣と同等レベルの宝刀だったが、そのサイズは細くて貧相だった。
刀身は60センチ程度でロングソードに比べて短く、身幅も2.5センチ程度と細い。
ロングソードの半分も無い太さだった。
更に特徴的なのは鍔が無いことだ。
いくら日本刀とは言え、刀身のぶつかり合いや鍔迫り合いに備えて鍔ぐらい装着されているのが一般的だ。
でなければ、相手の刃によって己の手を傷付けてしまう危険性が高い。
なのにこの刀には鍔が無いのだ。
それがこの刀をサイズ以上に、貧相で華奢に見せている一番の理由だろう。
そのような訳あって、ロングソードと比較すれば大小の二本差しとして丁度良いのかもしれない。
否。
やはり二本差しとしては両サイズ共に長がすぎる。
珍妙でアンバランスだ。
しかし、両武器にも共通点があった。
それは二本とも、かなり高レベルのマジックアイテムなのだ。
そのレアリティーは、決して店頭に商品としては並ばないランクである。
そのような超高級品である魔法の剣と刀を、この若きダークエルフは二本も有しているのだ。
ただのボンボンには思えないことから、それ相当の実力者なのだろう。
「むッ――」
いよいよダークエルフが刀を鞘から抜こうとしていた。
デクを相手に試し斬りの開始が迫る。
沈黙の中で、静かに息を吐くダークエルフ。
気配から間もなく動くと悟れた。
素人にすら分かりやすいサインを出している。親切なことだと思った。
「いざッ!」
ダークエルフが小声で凄むと同時に舜速で動いた。
踏み込みは無い。
しかし、腰を捻りながら左足を素早く後方へ退くように引いた。
同時に蟹股に開いた腰を、更に深く落とす。
上半身は重心を前に向けて頭を低くする。
それらの動作が鞘に収まる刀に加速を与えた。
腕で刀を引き抜かなくとも体術のコントロールだけで、刀身の七割以上が鞘から露に成っていた。
あとは片腕で刀を振るうだけの状態。
それは一連の動作であった。
重心を前に、左足を引き、腰を落とし、右腕で刃を振るう。
それらがほぼ同時に行われ最速の一撃を生む。
発射――。
「刀技・抜刀居合抜きである」
刹那の煌めきは閃光が如く走り無音のままにフルプレートを斬り裂く。
右下から斜めに昇り、左上へと流れた太刀筋はフルプレートの右脇腹から左肩と逆袈裟斬りに進み、鋼の背中部分までも見事に両断していた。
一瞬の内にバサリと斬り裂かれた甲冑の上半身が音を立てて床に落ちた。
けたたましい金属音が鳴り響く。
刀を振るったままのポーズで停止しているダークエルフが、薄ら笑いのドヤ顔で言う。
「居合抜きと呼ばれる刀のスキルです」
丁寧な口調で述べたダークエルフは、刀の柄を指先で器用に廻してから逆手に持ちかえると、流れる一連の動作の如く刀身を鞘の中に戻した。
刀が鞘に収まると同時にカチャリと金属音が微かに響く。
「重さを利用したスキルではなく、加速を利用したスキルと言えば分かりやすいでしょうか」
分かり難い。
言いたいことがイメージしずらかった。
意味が伝わらない。
刹那──。
ダークエルフがもう一本の剣を鞘から素早く抜くと、頭の高さまで瞬時に振りかぶった。
上段の構えである。
上に伸びきった全身の筋肉が次の動作の為に硬直する。
「いィッあ!」
気合い溢れるダークエルフの掛声。
全身の筋肉を力ませながら振り下ろされたロングソードが、残ったフルプレートの下半身を真っ二つに両断した。
「剣技・岩石兜割りである」
真下に振られた剣先が石畳にまで食い込むと、股間から二つに割れたフルプレートが左右に開いて倒れる。
二度目であった。
けたたましい金属音が再び訓練所内に鳴り響く。
「ふぅ~」
剣を振るった状態から姿勢を戻したダークエルフが剣を鞘に納めながら言う。
「スキルの違いが分かりましたか?」
刀身の重さを重力に乗せて、上から下へと急降下させて必勝の一撃を狙う剣のスキルとは異なり、刀のスキルは刀身の重さや重力に頼らず、技師本人の体術が生み出す加速だけを利用して必勝の一撃を生み出していた。
二種類の試し斬りを披露したダークエルフは、その違いを見せたかったのだろう。
剣を鞘に戻したダークエルフがニヒルに微笑む。
「太身のロングソードが繰り出すワイルドな剣激よりも、細身のブレイドが繰り出すスマートな刀技のほうがエレガントでダークエルフらしいと思いませんか?」
確かに豪快な力技の兜割りよりも、可憐を極めし居合抜きのほうが美しく芸術的ではある。
ダークエルフは腰に下げられた二本差しを見下ろしながらクールに語る。
「どんなに破壊力が強くても、当たらなければ意味が無い。ヒットしなければノーダメージです」
パワーよりもスピードやスキルが優先と言いたいのだろう。
「相手よりも速く攻撃を命中させられることは、より速く勝利に繋がると言うことです」
当然の理論である。
「その速さを技として極めれば加速と変わり、加速は一撃の極みと変わります。そこから必殺の一撃が生まれ、力技を上回る破壊力に変貌して行くのです」
最速の必中必殺技。それが居合抜きだと言いたげであった。
「私はこのスキルを先代の親衛隊長であり、尊敬すべき我が父から習った。物心付く前からトレーニングを重ね、磨きに磨いた一子相伝の秘技である」
誇り高く語っていたダークエルフの凛々しい表情が、ここまで言ってから曇りだす。
「しかし、先祖代々、繋ぎに繋ぎ、磨きに磨き、極めに極め続けた秘技も、現在の主殿である魔王樣には、効きもしなかった。まったくもって通じませんでした……」
愚痴るダークエルフが、落胆の台詞と共に苦笑う。
しかし、その笑みは何処か清々しさも感じられた。
彼は主である魔王と戦ったことが有るようすだった。
そして、敗北したのだろう。
それなのに晴々とした爽やかな表情を浮かべているのだ。
ここでダークエルフとのインタビューは終了となる。
彼の部下が呼びに来たのだ。
「シュナイダー親衛隊長、イグニット秘書官殿がお呼びであります」
「なに、妹が――」
ダークエルフは親衛隊の部下に「分かった」と片手を上げる。
そして、踵を返すと訓練所を足早に出て行った。
訓練所の室内には、斬り刻まれたプレートアーマーが残骸と化して残されていた。
「ん?」
三分割されたプレートアーマーの残骸に気が付いた親衛隊の部下が、愚痴りながら歩み寄る。
「あ~あ、シュナイダー隊長たら、散らかしッぱなしだよ。仕方無いな、もう」
世話焼きな部下は、満更でもない表情で後片付けにせいを出す。
「よいしょっと。これも同じ部族のよしみかな――」
彼は、どことなく嬉しそうだった。
BL臭が漂っている────。
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