第7話《円卓の上のレポート用紙》後編

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「マミー・レイス婦人は居るか?」 その問い掛けに足元の影が朝日を浴びたかのように長く伸びた。 影の中から返答が聞こえる。 「はい、お側に控えております、旦那様」 どことなく優しさに満ちた美声で、大人っぽくも母性的な女性の声だった。 マミー・レイス婦人と呼ばれた女性が、影の中から浮き上がって来る。 その姿は黒い鍔の日除帽に黒い西洋ドレス。 黒いレースのベールで顔を隠し、白い部分は両手に嵌めた手袋だけであった。 葬儀用の礼服姿で、黒一色の奇怪な婦人であった。 だが、乳の大きさだけなら秘書官のイグニット嬢よりも遥かに上回っていた。 イグニット嬢が巨乳ランクならば、マミー・レイス婦人は魔乳ランクである。 兎に角、大きい。 「このレポートは、セクハラね!」 自称、温厚なイグニットも流石にこの内容には怒った。 レポート用紙を円卓に叩き付けた。 そして直ぐに拾うと、掛けていた銀縁眼鏡のズレを片手の指先で直してから続きを読んだ。 魔王がマミー・レイス婦人に訊いた。 「宝物殿に、何か手頃な剣はないか?」 「ございますわ、旦那様。これなど、いかがでございましょうか?」 マミー・レイス婦人が影の中から一振りの剣を引き出す。 金細工が施された鮮やかな鞘に、同じく金細工が施された十字の鍔に柄。 妖気は高レベル。 トップクラスのマジックアイテムだった。 それは後々シュナイダー親衛隊長が二本差しとして使う愛剣のロングソードである。 その剣をマミー・レイス婦人から受け取った魔王は、剣を大きく振りかぶり全力で投げつける。 投球先はシュナイダー親衛隊長の顔面。 しかも、2メートル程の至近距離である。 しかし、猛スピードで飛んで来た剣をシュナイダー親衛隊長は難無く片手でキャッチした。 「その剣を与える。居合い抜きは刀で、兜割りはその剣のほうがいいだろう」 技ごとに特性を合わせて的確な武器を選んだのだろう。 ただただ乱暴者に見える魔王だが、考えるべきことは考えているのだと、この時、観戦していた全員が気付くこととなる。 「ありがたき幸せ。このご恩に答えられますように、日々精進してまいります」 シュナイダー親衛隊長の誓いを聞いた魔王は、無言のまま踵を返すと城内に消えて行ったと言う。 ここまででレポートの文章は終わっていた。 「ふぅ~」 溜め息を吐いたイグニットの表情が憎々しく変わる。 その憤怒を吐き出さん勢いで、今まで読んでいたレポート用紙を床に叩き付けた。 更に黒革のロングブーツで踏み付けると、高いビールでグリグリと抉った。 「必ず見付けてあげますとも。このセクハラレポートを書いた愚族を!!」 そう怒鳴ってからイグニットは図書室を後にした。 【円卓の上のレポート用紙】完。
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