三年六組のあの子

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三年六組のあの子

 三年六組の佐倉弥生(さくらやよい)は、俺が十五歳になる三日前に突然姿を消した。  もう秋が迫っていた九月の初めだった。 「佐倉が死ぬなんてな……」 「殺しても死ななそうだったのに、あっさりと逝ったもんだよな」 「しかも、家族全員だもんな」 「けど、一人ぼっちで生き残るよりよかったんじゃねえかな……」  俺は友人と制服を着たまま少し涼し気な河岸を歩いて帰っていた。  佐倉弥生の葬儀は何事もなく終わった。  三年全員、教師も参列していて、特に女子はほとんど泣いていたんじゃないだろうか。 「海難事故だったっけ?」 「ああ。けど、海に投げ出されたみたいでまだ遺体とか見つかってないらしいぞ?」 「は? じゃあ、あの中って空だったのかよ」 「どうりで最後のお別れとかしないわけだ」 「諒? 大丈夫か?」 「……あ、何?」  突然、話しかけられて、俺はきっと間抜けな顔をしていたのだろう。  友人の顔がみるみる曇っていくのがわかる。  何だか居た堪れなくなり、俺は用があるからと逃げるように友人と別れた。 「諒の前で佐倉の話はまずかったかな……」 「は? 何で」 「お前知らねえの? 諒って南小出身だぜ?」 「え、マジ!? じゃあ、佐倉とは……」 「今日だって葬儀中の南小出身の奴ら、めちゃくちゃだったじゃんよ」 「泣いて暴れて、ひどかったもんな……」 「つーかさ、そもそも何でそんな仲いいの? 南小って」 「多分ずっと一クラスだったらしいし、六年間の絆ってやつだろ?」 「南小出身って何人だっけ?」 「確か……二十人弱とかだった気がするな」  *** 「諒、また南小の子達と集まれないかな」 「みんなそれぞれやってるじゃん」 「けどさ、久しぶりに……」 「昔みたいになんて戻れねえよ、それぞれに与えられた立場ってのがあるんだから」 「うん……」  ***  俺と佐倉弥生は腐れ縁というやつだ。  佐倉と俺の名字の櫻井の関係から出席番号が前後で、一学期の初めは必ず席が隣だった。  しかも、くじ引きをしても席の場所だけが変わって隣になるということが続いた。  小学生時代の六年間、それは変わらなかった。  家も俺が引っ越すまでは近くて、割と遊ぶことも多かったと思う。  帰りも成り行きで一緒に帰ったり、通うスイミングスクールまで一緒だった。  俺と佐倉弥生はよく喧嘩をした、子ども同士がじゃれあうようなそんな喧嘩を。  俺の小学校は人数が少なく、特に俺達の代は人数が二十六人しかいなかった。  クラス替えなんてのもなし、全員が全員の家を知っていたし、クラス全員で遊ぶなんてのも当たり前だった。  とにかく仲は良かった、良すぎるくらいに。  俺達がただの仲良しでいられなくなった理由は大人になったからだ。  小学生時代の六年間はある意味閉鎖的な人間関係しかなく、中学に上がり、それぞれがそれぞれのポジションにつくようになった。  物事の中心人物、勉強で地位を確立、異性にモテる、共通の趣味の仲間、コミュニケーションを上手く取れない者。  そんな些細なことで、俺達は小学生時代の面影もなく、バラバラになっていった。  けど、佐倉弥生はそんな小学生時代にどこか固執していた気がする。 「戻ろうと思えば、簡単に戻れたんだろな……」  今日の佐倉弥生の葬儀で思った。  南小の奴らは周りの目も気にもせず、大声で泣き叫んでいたから。  南小出身だって知らない奴からしたら、何でお前が泣くの? 仲良かったっけってなるくらい離れてしまっていた奴も全員泣いてた。  俺を除いて―― 「諒、おかえり……」 「うん」 「どうだった?」 「別に、普通だった」 「弥生ちゃんとは、しっかりお別れできた?」 「さあ」 「諒? あのね……」 「ごめん、疲れたから寝る」  母の後ろで制止する声を無視して、俺は階段を駆け上がり自室に入った。  制服を脱ぎ、部屋着に着替える。  ベットに横になり、俺は天上を見上げる。 「佐倉弥生、お前ってマジ最悪だわ」  お前が先に死ぬなんてするから、残された俺達はお前の願いを叶えてやりたかったなんて後悔し続ける羽目になるんだ。  お前の元親友の、親友の女子三人なんて下手すりゃショックで不登校だぞ。  小五の時にお前と殴り合いの喧嘩して、学級会まで開いたあいつなんてドッキリなんだろとか叫びながら暴れて、つまみ出されてたぞ。  同窓会開こうってお前が言った時に、いつまでガキみたいなこと言ってんだってバカにした奴らも本当はもう一度とか何とか言って、泣きながら謝ってたぞ。 「……ざけん、なよ……や、よい……!!」  ムカつく、ムカつく、ムカつく!! 涙なんか止まれっつーんだよ!!  心に反して涙は溢れ出して止まらなかった。  とても長い間泣いていたはずなのに、ドアの向こうから聞こえてきた声に時が止まった。 「諒? いる?」 「は……」 「諒? あれ、出かけちゃった……」 「弥生?」 「何だ、ちゃんといるなら返事してよ!」  高くてよく通る、喧嘩する度に聞いた声。  俺はすぐにドアを開けようとしたが、それはドアの向こうにいると思われる奴に阻止された。 「ごめん、開けないで」 「は? 何でだよ!?」 「ごめん、このまま聞いて」 「ふざけんな……待て、イタズラだろ?」 「ち、違うよ!!」 「じゃあ、証明しろよ!?」 「声でわかるでしょ!? 弥生です!」 「弥生は死んだ! どう説明するんだよ!?」 「これ、読んで」  ドアの向こうの人物は、ドアの隙間から封筒を差し入れて来た。  それを手に取ると同時にスマホにメッセージの通知音が鳴る。  ポケットから取り出すと、画面には小学生時代の友人からの初めてのメッセージだった。  しかも、次から次へとくる通知は全て小学生時代の友人からだった。  メッセージの内容を見るためにアプリを開く。 「聞きたいことがある」 「何? どうかした?」 「南小の奴らの家、回ってんのか」 「え? 何で知ってんの?」 「全員からお前が来たって……」 「あー、なるほど!」 「本当に弥生なのかよ」 「だから、そうだって言ってんじゃん!」 「顔見せろよ!」 「その理由も手紙に書いた、あたしが行った後で開けてよ?」 「行った後で?」 「今日は、最後のお別れを言いにね」  それから、ドアの向こうの奴はずっと小学生時代の思い出を話し続けた。  俺は相槌を打ちながら、黙って聞いていた。 「お葬式、どうだった?」 「普通」 「諒は泣いてくれなかったんだね」 「お前見てたの?」 「だって、自分のお葬式って気になるし!」 「バカじゃねえの……」 「告白、断ってごめん」  弥生がいなくなる前日に俺は告白をした。  好きになったきっかけなんてわからないけど、気付いたら目で追ってた。  認めるのに三年もかかって、その間に避けたりもして、いっぱい傷付けた。  けど、一度認めたらそれはとどまるところを知らなくて、もっと一緒にいたいと思った。 「傷口に塩を塗り込む気かよ」 「すごく嬉しかった」 「嘘はいらねえよ……」 「本当だよ! だって、諒のこと……!!」 「は?」 「うん……」 「俺のことがなんだよ?」 「諒」 「うん」 「諒……りょ、う……!!」 「は? 何泣いて……」 「好きだよ、すっごく……!! バイバイ……」 「弥生? おい、弥生!!」  とても簡単に開いたドアの向こうには佐倉弥生はおらず、俺には手紙だけが残された。
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