エリア1 ミスティカル・フォグ

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エリア1 ミスティカル・フォグ

「御機嫌よう、ゲストのみなさん。フォグタウンへようこそ。乗合馬車の停車場はこちらです」  灰色のレンガ造りの広場に、男性の声が響く。  声の方に目を向けると、長身の男性が手を振っていた。シルクハットにモーニングというフォーマルないでたちで、白手袋がよく目立つ。そしてその傍らには、幼い女の子の姿があった。ドレス姿で、男性に寄り添うように……あるいはその陰に隠れるようにして、ただじっと立っている。  呼ばれる声に従うようにして彼の元まで歩いていく。ワープポートの周辺であたりを窺いきょろきょろとしていた他の客たちも、大半は男性の元へ向かうことにしたようだ。どこか羊の群れのような頼りなさで集まってきたゲストたちを眺め、男性は人当たりの良い笑みを浮かべた。 「さあ、お集まりいただき恐縮です。私はフォグタウンのトップハット卿。以後どうぞお見知りおきを」  優雅な一礼に、客はまばらに会釈を返す。あまりフレンドリーではない客の反応を気にもかけない様子で、男性はそのまま、傍らの幼女の肩に手を置いて言う。 「そしてこちらは可愛いリズ。リズ、ご挨拶を」  うながされ、幼女は軽く首を傾げて膝を折る礼の仕草をした。笑顔でもはにかむでもなく、淡々とした動作だ。客はまたもまばらに会釈をしたり、手を振り返す者もいたが、私を含めたほとんどは、どうしたらいいか判らない、といった風情だった。  ミスター・トップハット&レディー・リトルリズ。彼らはこのエリア『ミスティカル・フォグ』のエリアアテンドだ。このテーマパークは、アトラクションのテーマごとにいくつかのエリアに分かれている。そのエリアそれぞれに一組ずつ、エリアのイメージを代表するキャラクターが案内役としてついているのだ。これについては、初来園時に園内説明として流されるイントロダクションPVで見ているので、客の全員が知っている。この『ミスティカル・フォグ』は〝謎解き〟をテーマとしたエリアで、モチーフになっているのは近世ヨーロッパらしい。私が一見したところ、特にイギリスの街並みをモデルにしているようだった。広場の奥に大きな時計塔が建ち、その周囲を円状に、レンガ造りの四角い建物が並ぶ。アパートメントの隙間を縫う細い路地の奥側には、布の屋根を張った出店が出ているようだったが、路地にも店にも、時計塔の周辺にも、人影は見当たらなかった。フォグタウン、ここにいるのは、集められた我々ゲスト以外には、アテンドキャラクターだけなのだろうか。  不審なほどに静まり返った街の真ん中で、ミスター・トップハットのリラックスした佇まいはむしろ不自然に感じるほどだ。これもアトラクションの演出なのかもしれない。そう思い彼を見遣ると、思いのほかしっかりと目が合った。彼はこちらをじっと見つめていたのだ。その視線の強さに少し驚くと、彼はなだめるように微笑み、「さて、」と口上を述べ始めた。
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