消印なきハガキの行方

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 それはとても奇妙な求人だった。  仕事に嫌気が差して突発的に辞め、今は無職。「次はどうしたものか」と万年床の上で思案していたところに、それは突如舞い込んできた。  玄関横の郵便受けの扉が開いてカタッと音が鳴り、何かが届いたことがわかった。  本来であれば、いつもどおりに放ったらかしてDMなどで溢れかえったゴミの一部になるだけのことなのだが、今回はわけが違った。  それというのも、今は深夜2時。どのようなものでも、それこそピザ屋の割引チラシですらこんな時間に投函されることなど、まずはないからだ。  そんなことをすれば、口やかましい連中からのクレームは必死。回覧板を含む郵便受けへの投函は19時が最後といったところだろう。  それだけに興味が惹かれたというわけさ。  単なる郵便物ではないだろうと思ったのでね。  そういえば以前、ある地域の一帯の郵便受けに一万円札が投函されるという事件(?)がニュースで報道されていたことも思い出し、なにはともあれ退屈な無職の日々のちょっとした刺激にでもなればと、郵便受けの掃除がてらまとめて引っこ抜いて畳の上に放り出した。  そして再び布団の上で横になって仕分けを始めた。  予想通り大半は不要なものでゴミ箱へ直行、そして最後に件の郵便物と思われるものを手にとった。  それは一通の官製ハガキだった。  まずは表面。  住所は間違いないが、宛名が違う。  俺は表札なんぞ付けていないので、配達夫が確認もせず放り込みやがったのだろう。  それはさておき、そのハガキにはちょっと妙な部分があることに気がついた。  それというのも、なぜか消印がないのだ。  消印がないのにどうやって届いたのだろう? どこから送られたものなのか? 「……」  わざわざ有料の官製ハガキを直接届けたというのか? いやいや、そんなバカなことはないだろう。  『郵便局のたまたまのミスか』  違和感を覚えつつもそう無理に納得して裏面に目を通すと、どうやら郵便に関する仕事の求人案内であることがわかった。  ただし、いわゆる配達や仕分けとは違うようで、そこにはこう書かれていた。 「送り主、宛先不明の郵便物の処理作業」  送り主も宛先も不明の郵便物……。  送り先が不明なので送り主に戻そうにも、その主がいないから郵送物は宙ぶらりんになってしまうということか。  そういわれるとその手の郵便物はどのように保管され、処理されているのだろう?  当然、好奇心が刺激され、興味を持った。  次の定職につくまでの間をありきたりな派遣で食いつなぐよりかは、よっぽど面白そうに感じたのだ。 『本当は俺宛じゃないかもしれないが、これもなにかの縁だろう。ちょっと話を聞いてみるか』  翌日13時に説明会があるようなので、行ってみようと考えた。今から寝ればちょうどよい時間に起きることができるだろう。そうと決めたらそのまま布団の中へと潜り混んで眠りについた。  そして11時頃に目覚めて朝の準備を済ますと、ハガキ片手に目的地へと向かった。  到着して意外だったのが、そこにあるのは郵便局ではなく、古ぼけたビルだったこと。郵便局内での業務かと思っていたので肩透かしを食らった感じではあるが、よくよくハガキを見てみると求人しているのは業務を請け負う別会社のようで、端に株式会社○✕小さく書かれていた。  玄関に入ると「説明会はこちら」という貼り紙があり、104号室に入るよう記載されていた。  104号の古色した鉄のドアを開けると、そこには椅子と机、机上にはスタンド照明と時代錯誤な黒電話、そして紙切れが置かれており、テレビドラマで見るような警察の取調室さながらの重たい雰囲気が漂っていた。  そして、そこには誰もいなかった。どうやら俺一人だけのようだ。  なんとも言えない、嫌な空気が漂っている。  直感は外れるものだが、違和感は裏切らない。そういう意味からも、これはちょっとやばそうに感じた。  しかし、交通費をかけてまで赴いた手前そのまま空手で帰るわけにも行かず、話を聞いて判断しても遅くはなかろうという気持ちから、とりあえず椅子に腰を落ち着けた。  机の上の紙に目を通すと、一番上に大きな文字で「入室五分後に以下の番号に電話をかけてください」と書かれていた。 『電話? どんな説明会なんだ?』  時間が来るまでの間、紙をパラパラとめくって目を通すもあまり内容が入ってこない。いかがわしさばかりが気になったので兎にも角にも電話をして状況を確認したという焦りから、まるで落ち着けなかったのだ。  長く感じた五分、ようやく電話の受話器を持って指定の番号を回す。  三度ほど呼び出し音が鳴った後「もしもし」という声が聞こえた。電話の主はあまり快活さを感じさせない中年男という印象で、訥々と仕事内容の説明が行われ、その他のことはそこにある紙に書かれているので一読するようにと言われて説明は終わった。 『うわぁ、まじかよ……』  あまりの胡散臭ささにやる気をそがれ、無駄にした交通費と明日からの生活のことが頭をよぎっていたのだが、しかし次の一言を聞いた途端にそんな気持ちは霧散した。 「給料は日給制。0時から9時の労働後の毎朝10時に振り込むので、帰り際にでも確認を。また、本日の交通費についても14時に振り込む。仕事をするかどうかはそれを確認してからでも構わない」  一番の関心事であることをきちんと説明され、しかも今日の交通費までもでるのだとういう。  働くのはそれを確認してからでも構わないというのであれば、当然悪い話ではない。場繋ぎの労働なんてやつは犯罪のたぐいでない限り、要するに稼ぎが良ければそれでOKなのだから。  振込先の口座番号を伝え、受話器を置いて退出。近くの銀行で待ち、14時少し過ぎに残高確認をすると、果たして交通費は振り込まれていた。  それも千五百円も。  俺が伝えた交通費のほぼ1.5倍だ。その高すぎず、かと言って低すぎない金額であることも憂鬱を払拭するには十分な効果があり、俺は改めて働くことを決意した。
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