ひっつき虫が可愛く見えるまで

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ひっつき虫が可愛く見えるまで

ふらっと思いついたまま書いてみたものです。 主人公:無自覚な友達以上恋人未満 お相手:片思い な雰囲気です。 -------  コイツは風邪を引いたりすると、必ず自分に泣きついてくる。  ……それまでは少しでも困ったことがあると、だったが「本当にピンチな時だけにしろ」と交渉しまくった結果が、今だったりする。コイツにとってのピンチは風邪らしい。 『病気になると寂しくなったり人恋しくなったりするじゃん!』  とは、本人の心からの弁である。  幸い、高校時代までスポーツをやっていたおかげか頻繁に起きはしないものの、非常にうっとうしいのにかわりはない。 「安藤~どこ行くんだよ~オレを一人にしないで~」 「だー! 買い出しだってんだろが!」 「そんなの宅配とか通販でいいじゃんか~」 「今すぐ持ってきてもらえるわけないし配達の方に申し訳なさすぎるわ! てか徒歩5分もかからないコンビニなんだから我慢しろっての!」  これである。毎回、これである。  とにかくべったりひっついてくるのだ。いくら友人とはいえ同性に隙間なくくっついて気持ち悪くないのだろうか? 「ったく、お前は毎回毎回しょーもないな……」  やはり寝入った隙に行くしかない。一応病人だから気を遣う心はあるものの、精神力が異常にがりがり削られて、気を抜いたら共倒れしてしまうんじゃないかと思うこともある。 「へへ、安藤が優しいとこも毎回変わらないよ」 「へいへい、嬉しいお言葉をどうも」  ベッドに大人しく横になった石川はふにゃりと口元を緩めた。身長が180以上ある、精悍な男の笑顔にはつくづく見えない。 「つーか、いい加減彼女とか作れよ。よっぽど甲斐甲斐しく世話してもらえんぜ?」  余計なお世話だろうが、言わずにはいられなかった。自分だって、いつまでも「お世話係」をやらされたらたまったもんじゃない。 「……え?」  さっきまでの笑顔はどこへやら、見事に固まってしまった石川にこちらも面食らう。 「な、なんだよ。俺ヘンなこと言ったかよ。そりゃ余計なお世話だと思ったけどよ」  その気になれば、恋人という関係を手に入れられる容姿も性格も備わっている。他の友人もきっと同じ評価をするだろう。 「……オレを捨てるんだ」  全く予想外の言葉に勢いよく殴られた。恋人に縋り付くダメ男そのものじゃないか。 「オレが頼れるのは安藤しかいないのに……」 「いやいや、他にもいるだろ。お前が俺にばっか言ってくるだけで」 「オレは安藤がいいの!」  本当に、物理的に縋り付いてきた。振りほどきたくとも病人相手に本気は出せないのに、ものすごい力が腕にかかっていて痛い。 「おま、ちょっと力ゆる」 「安藤じゃなきゃイヤなんだ。いつだって、安藤にそばにいて欲しいんだよ」  似たようなことは高校生の頃から言われてきた。まるでお熱い告白のようにも聞こえると冗談まみれで返しては石川がただ笑って、気づけばやり取りの頻度は減った。  どういうつもりで言葉にしているのか、深くは考えていなかった。ただ、石川がどこか寂しそうな雰囲気を漂わせていたような気はする。 「そ、そばにって、なんか、意味合い違うように聞こえるんだけど」  今日はいつもと違う。風邪を引いているせい? だとしてもこんなに戸惑うだろうか。らしくない返答をしてしまうだろうか。 「ちがくないよ。オレにとっては一緒だから」  見上げてくる石川の瞳は完全に高熱で揺れていた。触れたら崩れてしまうんじゃないかとつい思ってしまうほど、頬も熟れすぎている。 「オレには安藤だけだもん。知らないでしょ、オレがどんだけ安藤を」 「ま、待て待て。お前風邪引いた勢いで変なこと言うんじゃねえって」  この流れはお互いにとって不幸しか生まない気がする。もし危惧している通りの流れになったら正直受け止め切れない。 「変なことじゃないよ。オレ、前から言ってるじゃん」  触れられた腕から伝わる熱さで、自分まで眩暈でも起こしそうだ。こんな展開になるなんて誰が想像しただろう。 「安藤……本当に、だめ? オレ、一ミリも望みなし?」  これでもかというくらいに眉尻を下げて、図体とは正反対の空気を一気に纏いだした。  正直、ずるい。こんなの、駄目だと一刀両断しづらいじゃないか。いや、ここで中途半端な態度を晒してしまうのがいけないんだと思う、思うが。 「……なんだかんだで、大事な奴だとは思ってるよ。じゃなかったら、クソ面倒なお世話なんてしねえし」  石川が求める意味とは違うだろうが、嘘ではない。一番つるんでいる友人だし、一緒にいると気が楽というか、自然体でいられる存在だったりする。 「……安藤がそんなこと言ってくれるの、はじめてだね」  本当に驚いたようで、小さい双眸がかなり見開かれている。 「ありがとう、納得したよ。今はね」 「今は、ってなんだよ」 「うーん……そうだなぁ」  頬をそろりとひと撫でした石川は、唇の端をわずかに持ち上げた。 「覚悟しといてね、ってことかな」  小悪魔のような笑みとは、今のような表情を言うのだろうか。  初めて、心臓が無駄に高鳴ってしまった。 「へいへい。心からお待ちしておりますからいい加減寝ろ」  悟られないよう、石川の頭を枕に押しつけて布団をかぶせる。  きっと自分も見えない熱に浮かされているに違いない。そう思い込まないと、動揺を抑えられそうにはなかった。
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