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ダーリンはすでにおみとおし
創作BLワンライ&ワンドロ! のお題に挑戦しました。
お題は「ハニー」です。そのまんま? 使いましたw
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「今回も助かったよ~さっすが俺のハニーだね!」
「お前、何でもかんでもハニーって言っとけば済むと思うな……って待て!」
突っ込みが終わる前に彼は走り去ってしまった。周りの生徒が小さな笑い声をあげていて、慣れてしまったとはいえ自然と眉間に力が入る。
……人の気も知らないで、気軽に肩を組んできて、ハニーだなんて。
無視すればいいのにできない理由があるからこそ、表面上は「仲のいいお友達」の彼――国枝をただ、恨めしく思った。
そんな自身の感情にはおかまいなしに、国枝の過多なスキンシップと「ハニー」呼びは容赦なく続く。
「あ、いたいたハニー! あのさ、これから暇? 部活なかったよね?」
満面の笑みがいつも以上にまぶしく映るのは己の理性が限界を迎えつつあるせいなのだろうか。いや、違う。認めたら多分いろいろと終わる。
「……部活はないけど、用はある」
不自然にならないよう視線を机にある鞄に逸らして、呟く。
「うそつき。ほんと、そらちゃんってわかりやすいよね」
「お調子者」の色が抜けた声音に、思わず国枝を見上げ直してしまう。
普段は丸みの目立つ瞳が、今は鋭さを増してこちらを射抜いている。
だが、それもわずかな時間の出来事だった。
「ハニーにとってもすっごく大事な用事なんだよー! だから、ね? 付き合ってよ、お願い!」
まるでお参りする時のようにお願いされてしまった。はっきり言って大げさすぎる。目立つためにわざとそういう振る舞いをしているんじゃないかと邪推してしまうくらいだ。
「わかったわかった、だからやめろ今すぐにだ。じゃないと付き合ってやらんからな!」
言い終わる前に、鞄を掴んで教室を出ていく。
国枝がやたら構うようになってきたのは去年の春――同じクラスになってからだが、我ながらうまく受け流してきたと思っていた。なのに最近はやたら苛立って仕方ない。国枝の無邪気すぎるパフォーマンスがここまで恐ろしいとは。
ああ、早く一人になりたい。
「おい、用事があるんじゃなかったのか」
「ん、そうだよ? だからおれん家に来たんじゃん」
何を言ってるんだ、とはっきり書いてある顔で、国枝はお茶の入ったコップを持ってやってきた。
「へへ、そらちゃんが部屋に来るのすっごい久しぶりだね。ここんとこ全然来てくれないからさ~」
「……帰る」
反射的に立ち上がった。理由は探りたくもないが、このままこの空間にいたらまずい気がする。
「ま、待って待って! まだ用件言ってないじゃん!」
「どうせくだらない理由だろ」
「違うよ!」
「全く、ちょっとでもお前を信じた俺がバカだったよ。いいから」
「……だって。あれくらいしないと来てくれなかったでしょ、空は」
声音と空気の変化に気を取られて、動きを止めてしまった。
「う、わっ」
肩を押された。思った以上の衝撃に足がもつれ、その場にみっともなく尻餅をついてしまう。
「な、んだよ……いったい、なんだってんだよ……」
立ち上がれない。視線の先の国枝は立ったままこちらを見下ろしているだけで、妨害されているわけでもないのに、なぜか力が入らない。
「いい加減、受け入れてほしいんだよね。おれも限界だから」
受け入れてほしい? 限界?
脈絡なく告げられた言葉に当然疑問を持つが……「限界」の二文字に妙に同調してしまいたくなるのは、自分も似た状態にあるから?
訊けるわけなどない。それは、自らの手の内も晒すことになる。
「どういう意味だって訊かないの? 空ならこういう意味わかんないとこは絶対突っ込んでくるじゃん」
こいつ、もしかして「わかってる」のか?
ありえない。完璧に押し隠してきたはずだ。たまに「ダーリン」と返してみても冗談で流れて終わっていた。周りの認識が「仲のいいお友達」止まりなのが何よりの証拠だった。
「相変わらず空は鈍いね。まあ、おれもあからさま過ぎたけど」
国枝の苦笑がまるで馬鹿にしたように見えて、思わずテーブルに手を伸ばしていた。
「ふざ、けるな……」
コップの中身を顔面にぶちまけられたくせに、国枝は拭いもせず平然としていた。ますます腹立たしい。惨めにさえ思えてくる。
「お前はいいよな? 毎日毎日ノーテンキに絡んでくるだけでいいんだもんな? 俺がどんな気持ちでいたか知らないで、本当にいい気なもんだ……!」
もう堪えきれない。少し先の未来の不安より、気持ちが楽になっていく欲望を止められない。
「空は、おれが悪いって言いたいんだ?」
前髪を軽く払って問いかける姿はまるで世間話のノリだった。ここまで内心が読めない国枝は初めてで戸惑いもあるが、もうどうでもいい。
「そ、そうだ。お前にどれだけ俺が振り回されてきたか、気づいてもいなかっただろ?」
「ふうん……」
国枝の双眸がすっと細められ、胸の奥が嫌な音を立てる。
本当はこっちが悪くてわがままなだけだとわかっている。余計なものを生んでしまったばかりに、一人で勝手に空回っているだけに過ぎない。
最初は自他共に認める「仲のいい友達」だった。いつから綻び始めたかなんてわからない。気づけば容赦なく膨れ上がる想いを押し込む方に躍起になり、国枝との普段の接し方さえわからなくなり、「友達」のままの彼がありがたくもありうっとうしくもある、複雑な感情を向けるまでになった。
国枝と、離れたくなかった。
必死だった理由はただ、それだけ。
「……っくに、えだ」
目線を合わせてきた男はなぜか、笑っていた。理由のわからない笑みを刻んでいる。
「じゃあさ。実はおれも空と同じ理由で振り回されてましたって言ったら、どうする?」
心臓が耳元で動いているような、変な錯覚を覚える。
国枝が、自分と同じ理由で、振り回されていた?
あんなことを言ったのは、いつの間にか生まれていた、友情以上の気持ちのせいだ。知られるわけにはいかないと頑なだったせいだ。
それと同じだと、目の前の男は告げている。
息が詰まる。両手で顔全体を塞ぐ。全身があっという間に熱くなってきた。
うそだ。だっていきなり、そんなことを告白されても飲み込めるわけが――
「ハニー」
ある時から幾度となく呼ばれた、もう一つの呼称が鼓膜をゆるく震わせる。
「ねえ、ハニー。おれはいつだって、冗談で言ったつもりはなかったよ」
顔を隠す壁はあっけなく破壊され、そのまま国枝の腕の中に閉じ込められる。
「ああ言ってれば、空はおれのものだって知らしめることができるでしょ?」
「ば……」
「馬鹿なことじゃない。だって、空は誰にも渡すつもりないもの」
こんな、とんでもない爆弾を隠し持っていたなんて。
完全に、してやられた。
想像以上に、こいつはぶっ飛んだ奴だった。
「あれ、なんで笑ってるの」
「笑うしかないだろ。あれだけ悩んでたのに、なんだよこの展開はって」
「ハッピーエンドでよかったでしょ?」
確かによかった。が、腹立つ。一発殴ってやりたい。
だが、その企みは国枝の派手なくしゃみで立ち消えた。
「ご、ごめん。さっきぶっかけたせいだな」
「これくらい大丈夫。……と言いたいとこだけど」
国枝の口元がいやに弧を描く。
すぐさま違和感を覚えたのに、次の瞬間にはベッドの感触が背中を覆っていた。
「せっかくだから、ハニーにあっためてほしいな」
見上げた先の、太陽のように眩しい笑顔がたまらなく、憎らしい。もちろん、言葉通りの意味でないと悟っているからだ。
「当然、断るなんて真似しないよね?」
「お、親が帰ってくるんじゃ……」
「残念でした。今朝から旅行中でーす」
「な、だ、だから俺を呼んだのか!」
「当たりー。それにいいの? 風邪引いたらそらちゃんのせいになるんだよ?」
最終兵器を突きつけられたら……もう、何も返せない。
「……わか、ったよ」
「そこは『わかったダーリン』って言ってほしいなー。……いや、待てよ。最中の時のがもっと萌えるか」
「調子に乗るな!」
せっかくだ、国枝の気が逸れている間にこっそり呼んでやる。
それくらいの反抗なら許されるだろう?
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