捨てきれなかった腐れ縁

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捨てきれなかった腐れ縁

以前書いたものです。 「深夜の真剣文字書き60分一本勝負(@write_60min)」さんのお題です。 お題は『腐れ縁』です。 再会するなんて予想していなかった。 絶対つかまらない、そう思って逃げてきたのに……。 --------  本当に予期していなかった、最悪で切ない再会だった。  大学の講義を終えて、借りているアパートの最寄り駅を出た瞬間だった。  思いもよらない方向に腕を引っ張られ、為すすべもなく駅の構内に戻される。必死に抵抗しても捕まれたそこは全く振りほどけず、そのまま男子トイレの個室に連れ込まれた。  背中を向けているせいで顔はわからない。だが男だというのだけは広い背中と短い髪型でわかった。 「お前なにを、っ!」  続きは紡げなかった。手のひらで思いきり口を塞がれてしまったからだ。  こみ上げる怒りのままに目線を持ち上げる。そして――そのまま、固まってしまった。 「……俺が誰だか、わかったみたいだな」  低く通る声で、否定できなくなった。身体が小刻みに震え始める。  嘘だ。ありえない。  でも、現実は容赦なく事実を突きつけてくる。 「お前のこと、ずいぶん探したんだぞ」 『俺、お前のことが好きなんだ。ずっと、好きだった』  高校三年になりたての時だった。  同じクラスになってから少し仲良くなった彼から、帰り道の途中でいきなりそんなことを言われた。 『……え?』 『ごめん、いきなり。でも、もうごまかしておけなくて』  泣きそうに瞳を揺らしている彼を見て、冗談だろうと笑う真似はできなかった。  彼は、自分のことを小学生の頃から知っていたらしい。  同じクラスにもなったことがなければもちろん遊んだこともない。部活やクラブが一緒でもなかった。それでもなんとなく気になる存在だったらしい。  それが恋愛感情に変わったのは、中学二年の時。  たまたま見かけた、放課後の教室で友人達と「誰々が好きかどうか」話をしていた自分の恥ずかしそうな顔に、女の子に向けるような可愛さを覚えたことがきっかけらしい。 『じゃ、じゃあ、おれと一緒の高校受けたのも……?』 『お前と仲いいヤツがたまたま俺と仲良かったから、聞いた』 『うそ、だろ……』  そう呟くしかできなかった。そんな前から好きだったと、しかも同性に言われても何とも返せなかった。 『気持ち悪いならそう言ってくれて構わない。明日から近づかないようにする』  そう答えた彼は悲痛で埋め尽くされていて、とても否定的な言葉は言えなかった。 『そ、んなことは……ないよ』 「同情心」――ほぼ、それが働いた結果だと思う。正直なところ、嫌いではなくむしろいい奴という印象を抱いてさえいたのだ。 『好き、かどうかはわかんない、というか。ほら、おれ達知り合ったばっかっていうか』  何を言っているんだろうという思いはあった。彼も呆然としていたから、同じ思いだったのかも知れない。  それでもこの口は、まるで機械のように続きを紡いでいく。 『だから、とりあえずベタに友達から、ってことでどう? おれも、お前のことちゃんと知りたいし』  今思えば、あの告白の言葉には、悪者になりたくないという感情も働いていたのだろう。  最低だ。彼は本気でぶつかってきてくれたのに、自分は逃げただけだった。卒業するまでの残りの時間を、「仲良しの友人」として過ごした事実が立派な証明だ。  多分彼もうすうすは気づいていたはず。それでも何も言わずに付き合ってくれていた。互いが大学生になっても、この微妙に歪んだ関係を続けてくれるはずだったと思う。  けれど、逃げた。  彼に何も言わず、黙って逃げた。  最低の別れ方をしたのだ。  なのに。なのに! 「なんで、探すんだよ……」  震える手で押さえつけられていた彼の手を外し、力なく俯く。 「普通、もう顔見たくないとか思うだろ。中途半端な関係さんざん続けた奴の顔なんか、見たくないって」 「中途半端って思ったことはなかった」  真ん中で分かれた前髪から覗く瞳は、まっすぐに自分を捉えていた。 「むしろ嬉しかったよ。ずっときっかけが掴めなくて話すらできなかったから、普通に話ができるのも遊ぶのも、本当に嬉しかった」  どこまでいい奴なのだろう。お人好しレベルじゃないのか。 「改めて俺はお前が好きなんだって思えたし、たとえお前がそういう目で見れないって言ってきても、多分捨てられないかもなとも思ったし、今でも思ってる」  柔らかい笑みを向けられて、ますます心は痛くなる。意気地ない自分が惨めで、みっともなく泣いてしまいたくなる。  そう、彼は純粋なのだ。呆れるほどまっすぐに、好きな気持ちを向けてくれている。  ――夏を過ぎたあたりからだろうか。少しずつ、その想いが嫌ではないかもと感じ始めていた自分がいた。  戸惑った。あくまで友人として、と言い聞かせようともした。  けれど、それらをするりとすり抜けて、真実へたどり着こうとしていた。  ――怖くなった。未体験のことを無理やりねじ込まれたような感覚を覚えて、心の底に強固な鍵をかけてしまった。  それが、この結果だ。彼には何も言わずに、地元から離れた大学を受験した。  あの一年間をなかったことにしようとしたのだ。 「ごめん……おれ、逃げて、ほんと、ごめん……」  謝って済む話ではないと思っても、言わずにはいられなかった。  楽になりたいわけではない。ひどい傷つけ方をしてしまった彼に、ただ謝りたかった。許してもらえなくても、かまわなかった。 「なあ」  声をかけられて、いつの間にか再び俯いていた顔をゆっくり持ち上げる。  頬に手を添えられて、身体が小さく震える。触れ方があまりにも優しくて、驚いてしまった。 「お前は、俺のこと嫌いか?」  素直に、首が左右に動く。 「じゃあ、俺と同じ意味で好き?」  首は、横にも縦にも振れなかった。 「わからないってことは、少しは期待しても……いいんだ?」  言葉は、見つからなかった。  ただ、泣きそうに笑った彼の笑顔が、とても愛おしいと思った。
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