どうしようもない馬鹿のスイッチを押すとどうなるか

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どうしようもない馬鹿のスイッチを押すとどうなるか

以前書いたものです。 #一次創作BL版深夜の真剣120分一本勝負 さんのお題です。 使用したお題は『偶然か必然か』『大好物』です。 理知的大学生←とにかく一途な大学生の話です。 ------- 「ねえ、僕が君の好物を当てられたのってすごくない? 本当に偶然なんだよ。これってもう愛の力っていうか、惹かれ合うものがあるっていう証じゃない?」 「はいはいそうですね」 「なんで投げやりなんだよ! あ、そうか。自分が負けたって認めたくないってことか! うんうん、君はプライド高いもんね。そんなところも僕は大好きだけど」  どうも盛大に勘違いをしているようなので、小説に落としていた視線を、ようやく目の前でぎゃんぎゃんとうるさい男に向けてやる。これから残念な種明かしをされるとも知らず、この男は俺が反応を示したことに素直な喜びを向けている。 「残念だけど、お前がこの小説を買ってきたことで証明されたのは、俺ではなくお前の敗北だ」  日本語が理解できない。そんな表情を返してきたので栞をはさんで小説を閉じた。やはりきちんと説明する必要があるらしい。 「俺は、この小説が好きだということをあるひとりの友人に『だけ』話した」  まだ彼は呆然としている。頭の中で己が取った行動を反芻していると言ったほうが正しいかもしれない。 「俺が、周りをちょろちょろしているお前に備えて、自分の情報を一切他に漏らしていないのは知っているな? だから『最初で最後のお願い』と、勝負を持ちかけられたときに思いついたのがこの方法だったのさ」  二週間の間に、今現在の俺の大好物を当てる。それを「己の力だけで」解き明かせたら、「付き合いたい」という彼の願いを叶えてやる。  相手にとってはただ分が悪いだけの条件をつけても承諾したのは、まぎれもないこの男だった。  彼がどれだけの頭脳を持ち合わせているか、高校二年の頃に知り合ってから大学生となった現在まで付きまとわれている以上、いやでも把握している。自力で割り出せるはずがないとはじめからわかっていた。  全くの予定通りすぎて、浮かんだのは喜びより呆れだった。 「自ら負け戦をするとは、お前も相当のバカだな」  ため息をついて、再び小説に視線を落とす。こちらとしては、タダでこの本を手に入れられて棚からぼたもち状態と同等だった。ハードカバーだから、学生の身には懐が少々痛む金額なのだ。  すっかりおとなしくなった男に小さく名前を呼ばれるが、生返事だけを返す。早く物語の世界に浸りたい。  瞬間、頭が持ち上がるような、不思議な浮遊感が走った。 「っお、ま……っ、ん!」  唇を塞ぐ感触を必死に引き剥がそうと、両腕にありったけの力を込めるがびくともしない。そういえば彼は、高校時代も今も運動部に所属している。体育ぐらいでしか運動していない俺との筋力の差は、認めたくないが歴然だった。  口内でうごめくこれは、舌だ。恋人になることすら許していないのにこんなキスをあっさり許してしまうなんて、失態以外のなにものでもない。  ――告白だけは掃いて捨てるほどしてきても、強引な手段に出ることは一度たりとて、なかったのに。 「ふ、ぁ……は……」  耳を塞ぎたくなるような声だけが漏れてしまう。心なしか、背中にぞわりとした感覚も生まれている気がする。  それでも、角度を変えながら欲望をぶつけるようなキスを、何度も彼は続けた。 「……僕、諦めないから」  ようやく唇を解放するなり、彼は囁くように告げた。同時に切れた細い糸に、熱が顔に収束するのを感じる。  身体が動かない。すべて生気を吸い取られてしまったように、情けなく真顔の彼を見つめるしかできない。 「絶対、君を手に入れてみせる。最初で最後のお願いは、撤回する」  瞳の奥に、赤い炎が見えた気がした。こんな気迫も、今まで一度も見たことがない。  頬をひと撫でしてから、彼は静かに立ち去った。もともと人気がほとんどない大学校舎の奥にあるベンチに、本当の静寂が訪れる。 「……ありえない、こんなの」  はじめてあの男にペースを乱され、心臓が無駄に早鐘を、打っているなんて。  胸の上の服を、力任せに掴むしかできなかった。
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