現実につながる夢

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現実につながる夢

#一次創作お題ったー のお題に挑戦しました。『こんな夢を見た。』です。 120分+若干オーバーで完成。 久しぶりのお題SSです。思いっきりリハビリ仕様です。。 -------  普段から交流のある人が夢に出てきて、しかも内容を大体覚えていると何だか気になってしまう。それから好意に変わる。改めて容姿やら性格やらを観察するようになって、意外な面を発見したりこういう仕草がツボだと知るからだろう。  多分珍しいことではないと思う。……相手が異性だったら。 (多様性がどうの、っていう時代なのはわかってるよ?)  心の中で自身に向かって言い訳をするのも今日だけで二桁はいっている。ちゃんと数えていないけれど体感的にはそれくらいいっている。  目の前にある唐揚げをひとかじりしながら視線の端で捕らえようとしているのに気づいて、無理やりテーブルの上の小皿に戻す。これも何度繰り返しただろう。  大学のサークルつながりで仲良くなった同年代たちと笑い合っている声が右耳をがんがんに打ってくる。近所迷惑になりそうな声量ではないし距離だって四人分くらい離れているのにそう聞こえるのは、己の精神状態のせいか。  ふと視線を感じた気がしたが、反応はできなかった。もしあいつだったらどうすればいいのかわからない。すでに二回ぶつかっているから余計に混乱する。  ああ、酒が飲めれば逃げられそうなのに。あと一年がもどかしい。 「どうしたの大ちゃん、元気ないじゃん?」  賑やかし担当が多いメンツの中でも比較的おとなしい女子――安田が気遣うように話しかけてきた。そういえば「大ちゃん」という愛称もあいつ発祥ですっかり定着してしまった。 「そうかなー?」  そんなに顔に出ていただろうか。まあ、わかりやすいねと言われるのが多いのは認める。 「だって、いつもなら章くんとバカやって楽しんでるじゃない。今日はなんか違うなーって」  さすがに露骨だったらしい。  こっちだって夢のことがなければとっくにそうしている。それとなく二人きりを避けたり遊びを泣く泣く断ったりもしない。今日は人数が多いからそれほど気にしなくていいと思ったから参加したのに、このざまだ。  すべては約一ヶ月前に見た夢のせいなんだ。忘れたいのに忘れられないせいなんだ。 「んー、具合悪いのかもしんないわ。俺、先に帰ろうかな」  待ちに待った夏休みが始まってから最初の集まりだったのに、本当に残念でもったいない。けれど、粘ってもこれ以上気分は変わってくれない。店に入ってからずっとこの調子だから断言できる。 「……本当に具合悪いだけ?」  急に声をひそめてきた彼女を怪訝そうに見返すと、なぜか隣に移動してきた。嫌な予感がするのはなぜなのか。 「な、なんだよ。口説くつもりか?」 「違うから。……本当は章ちゃんとケンカでもしたんじゃないの?」  どうしてそんな質問をされないといけない? 戸惑っているとさらに言葉を重ねられる。 「どうしたんだろうって言ってる人もいるんだよ」 「な、なんでそんなこと」 「当たり前でしょ。あんなに仲いいのに急によそよそしくなったら怪しむって」  予想以上に筒抜け状態だった。このぶんだと彼も同様に感じているかもしれない。もしかしてさっきの視線もそういうことなのでは……。 「き、気にしすぎだって。ほんと何でもないんだから。ケンカってガキじゃあるまいし」 「年齢関係ないから。それより、ケンカじゃないって言葉信じてもいいんだね?」 「だから違うって。つか、やたらつっかかってくんじゃん」  誰かの差し金かと疑いたくなるしつこさだった。だが安田からは返答をもらえないどころかそそくさと立ち去っていってしまった。残されたのはどうしようもないモヤモヤとした気持ち悪さだけ。 (本当に具合悪くなってきた……)  あいつも安田同様に怪しんでいると想像したら逃げたくなった。仮に問い詰められたら言い逃れできる自信がない。というか言いたくない。 「悪い、先に帰るわ」  空気を敢えて無視して金をテーブルに置き、足早にその場を後にする。途中退場を咎めるような連中ではないが戸惑うような声はちらほらと聞こえた。  夜風の生ぬるさに顔をしかめる。こんな時はいっそ凍えそうな温度でお願いしたい。  どうしたら忘れられる? というより、どうしてここまで気にしないといけない? あの夢は一ヶ月も前の、幻みたいなものなのに。  大学で初めて見つけた、気の合う友人だった。最初は素直で単純なだけかと思っていたが、実は真面目な部分も持ち合わせていたり、実は尻込みするところのある自分を引っ張ってくれる力強さもあったり、中学生かと突っ込みたくなるような無邪気な笑顔がどこか可愛いと思ったり……。 (だからどうして可愛いとか考えてんだ俺は!)  水風呂にでも飛び込みたい。喝を入れてもらいたい。 「大ちゃん」  いつの間にか止まっていた足を動かそうとした時だった。  一番聞きたくない声が、背後から響いた。  振り向きたくない。露骨でも、違和感だらけと思われても、どんな顔をすればいいのかわからない。 「大ちゃん。オレも一緒に帰るよ」  許可を求めてこなかった。つまり、逃がさないという意思表示。  反射的に駆け出していた。電車になんて乗れるわけがない。でも行き先はわからない。 「まて、ってば!」  逃走は予想通り失敗に終わった。無我夢中だったからいつの間にか住宅地に迷い込んでいたらしく、目印は木製のベンチが二つ並べられた、屋根付きの休憩スペースぐらいしかなかった。 「……花岡。もう、逃げないから。だから腕、離してくれ」  花岡はそろりと掴んでいた手の力を抜いた。支えを失ったように、ベンチに腰掛ける。隣からどこか荒々しい音が響いた。  屋根があってよかった。電灯はあれど、互いの顔ははっきり見えない。 「……オレ、大介になんかした?」  沈黙は長く続かなかった。絞り出すような声には苛立ちよりも困惑の方が大きいように聞こえた。 「してないよ」  嘘じゃない。現実のお前は何も悪くない。すべては自分一人で不格好に踊っているだけに過ぎない。 「なら、逃げたのはなんで? 避けてるのもなんでだよ?」  当たり前の疑問だった。逆の立場なら同じ行動を取る。そこまでわかっていながら、理由を告げるのが……馬鹿らしいけれど正直、怖い。  親友に近い関係といえど、笑ってすませてくれないんじゃないか。本気で引かれたら今まで通りでいられなくなる。  思わず頭を左右に振った。全く無駄な言い訳だ。  一ヶ月も経っていながら「単なる夢」だと切り捨てられなかった時点で通用しない。うすうす、気づいていた。 「大介……?」 「……夢を、見たんだよ。お前が出てくる夢」  肩にある感触が少し震えた。次の瞬間にはきっと離れていく、そう想像するだけで喉の奥が詰まりそうになる。  けれど、もう年貢の納め時だ。 「どんな夢だと思う? 俺とお前、恋人同士だったんだぜ」  意味が飲み込めない。そんな問い返しだった。 「抱きしめて、キスだってしてた。それ以上の、ことだって、してた」  ベッドの上に組み敷いた夢の中の花岡は、恍惚とした笑みを浮かべてあらゆる行為を受け入れていた。そんな彼がたまらなく愛おしくて、また火がつく。まさに「溺れる」状態。  ――オレ、お前がたまらなく好きだよ。好きすぎて、苦しい。  熱に浮かれた花岡に応えた瞬間、薄い光が視界を埋めた。  ただ呆然とするしかなかった。驚きこそすれ、さほど嫌悪感を抱いていない自分にも呆然とするしかなかった。  さらに一ヶ月かけて、夢と現実の想いがイコールになるなんて思わなかった。 「な? 普通に引くだろ? 俺もなんかまともにお前の顔見れなくて変に避けちまってたんだよ」  これで仕方なしでも納得してくれれば御の字、呆れたように笑ってくれたら上出来だ。 「こんな理由で、しかも気持ち悪くて、ほんと悪い。俺もさ、何でそんな夢見たのかわかんないんだよ」  沈黙が怖い。何を考えているのだろう。本心を悟られていたらどうしよう。一番大事にしたい関係なのに壊れたらどうしよう。 「大介」  短く名を呼ばれて、肩をぐいと押された。否応なしに、顔ごと花岡に向き直る形になる。年齢より上に見られることがある端正な顔がうっすらと浮かび上がっていた。  瞬きを一度する間に、口元に熱が生まれた。  正解の反応がわからない。ただ馬鹿みたいに再び目の前に現れた無表情の花岡を見つめるしかできない。 「全く、どんな告白だよ。斜め上すぎるわ」  叱責に聞こえない叱責に、感情のこもらない謝罪がこぼれる。それどころじゃない。今起こった出来事をどう処理すべきかわからない。 「そんな夢見たって言われて、一ヶ月もオレの顔まともに見れないとか言われたらさ、期待するしかないじゃん」  期待、という二文字が大きく響いた。期待するしかない、漫画やドラマなどでよく聞くワード。 「好き、なのか?」  まるで他人事のような心地だった。小さな苦笑が返ってくる。 「じゃなかったらキスなんてしないし、お前が見たような夢も見たりしないよ」  軽く引き寄せられて、耳元にその夢の内容を吹き込まれる。次第にじっとしているのが苦しくなってきて、思わず身を捩ってしまった。素直に解放してくれた花岡は、今度は楽しそうな笑い声をこぼす。  頭の回転速度が全然足りない。ここ一ヶ月の出来事をいきなり全否定されたような気さえしてくる。 「……お前、実は嘘つくのうまいだろ」  こんな物言いはどうなんだと思いながらも、大なり小なり反撃したくてたまらなかった。 「俺はみっともない態度取っちまったのに、お前いつも通りすぎただろ」 「そりゃそうだよ。だって大好きなお前に絶対嫌われたくなかったんだから」  密かな努力を褒めてほしい。そう言い切った花岡に再び抱きしめられた。  ――夢の中と違って、自分はどうやら翻弄される側らしい。
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