最後の嘘と願って

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最後の嘘と願って

深夜の真剣物書き120分一本勝負 のお題に挑戦しました。 お題は「③西日が差す窓」を使いました。お題要素は軽く触った程度です😅 どうしてもユーミンの曲『最後の嘘』が頭から離れなくなってしまいました……該当の歌詞は「朝日が差し込む〜」なんですけどね。。 -------  彼は嘘つきだった。  といっても呆れ果てるほどくだらないものや、こっちが本気で怒るほど洒落にならないものなど、無駄にバリエーション豊かだった。  いつだって振り回されてきたけれど、嘘だとわかるのは最後に白旗を揚げるのは必ず彼だったからだ。きっかけを作るのが自分にあったとしても「降参」するのは彼だった。  多分、甘えていたのだと思う。  自分が原因なこともあるけれど、回数は圧倒的に彼が多いし、そういう性格でもあるのだろうと納得していた。  朝から変わらない光景の部屋を、改めて見つめる。  昨日の夜はいつもと同じようでいて、主に自分自身の勝手が少し違っていた。  だから「きっかけ」を作ったのは間違いなく、自分。 「どうしたの、なんからしくないじゃん?」  軽口を叩き合う延長上のような口調だったのは、多分気遣ってくれていたのだと思う。それに真面目な空気にしたところで、素直に吐き出すわけもなかった。 「……うるさいな。ほっといてよ」  離れている間どういうことがあったのか察せなんて傲慢でしかないのに、そう願ってしまった。  仕事で嫌なことがあっただけ。いつもなら鼻で笑って流せるレベルが、今日はなぜか胸につかえてしまっているだけ。疲れが溜まっているせいかもしれない。  ここまでわかっていながら、彼には伝えなかった。悪い癖だ。 「あ、もしかして冷蔵庫にあったショートケーキ食べたのバレた? ごめん、どうしても食べたくって」  ショートケーキは確かに買ってあった。まだ確認していないが、たとえ嘘だとしても「甘いもの好きな自分のために、明日にでももっと美味しいケーキを買ってくる」という意味だったのだと思う。  そこまで推察できたのは、数時間後の未来でだった。 「嘘でも本当でも、ケーキくらい別にいいよ。……いいから、そういうくだらないの」  放っておいてほしかった。一晩すれば元通りになって、こんなやり取りにも苛ついたりしなくなる。  彼は何も知らないのに、あまりにも感情的になりすぎていた。 「……ごめん。何かあったんだね」 「そう思うなら、ほっといて」  それからどんなやり取りをしていたのか、細かいところは思い出せない。  ひたすらに、せっかく伸ばしてくれていた手を振り払い続けていた。ひどい態度だと頭のどこかで鳴っていた警報も無視して、気づけば部屋を包む空気はかつてないほどの重苦しさに溢れていた。 「……あのさ。俺と付き合ったこと、やっぱり後悔してるんじゃない?」  一言一句、声の調子も、表情も忘れられない。  笑っていた。雰囲気に似つかわしくないはっきりとした声だった。やせ我慢のようなものだったと今ならわかる。  反論できなかったのは、彼の問いかけが頭の中でぐるぐると回り出し、まるで必死に材料をかき集めているようだったから。 「……ごめん、嘘。だけど悪い、言い過ぎた」  ちょっと頭冷やしてくるよ。  それが、三日前に聞いた彼の最後の台詞だった。 「こんなに落ち込んでるのに、後悔なんてしてるわけないでしょ……」  今さらな返答だった。わずかでも口ごもった時点で、あの時の彼にとっては肯定されたも同然だ。  異性と付き合うのをやめて、初めてできた同性の恋人だった。好きという気持ちにあれから揺るぎはないものの、半年ほど経って同性なりの難しさや悩みが出てきていたのも事実だった。  隠していたつもりでもあんな言葉が飛び出すのだ、きっと見透かされていた。だから「頭を冷やす」と嘘をついて、出て行ってしまったのでは……。 「ほんと馬鹿だな、僕」  後になって後悔する癖は直る兆しが全くない。今日はまともに食事すら取れなかった。お出かけ日和の天気なのに身体は全く動かず、部屋の中は薄暗い。  そういえば、ベランダのカーテンを閉めたままだった。 『ここ、日当たりがすごいいいんだってさ。日当たり大事!』  その一声で借りることを決めた部屋だったのを思い出しながら、ベージュ色のカーテンを開ける。 「まぶし……」  真正面から浴びているような感覚に陥る。やたら目に沁みる気がして、ぎりぎりまで目蓋を下ろす。  窓を突き抜ける光の大元は朝も夕方も一緒なのに、どうして後者はやたらもの悲しい気分にさせられるのだろう。……違う。きっとひとりきりだからだ。二人でいる時の空気はもっと、穏やかだった。  ――このまま終わりだなんて思いたくない。頭を冷やすが嘘だなんて、思いたくない。  目元を窓に押しつけた。光の強さとは裏腹にひんやりとした温度が、少しずつ熱を奪っていく。 「……まだ、決まったわけじゃない、よな」  近所を探しに行ってもいなかったのは、たまたますれ違っただけだと信じたい。  そもそも、仕事から帰ってきても部屋の様子に変化はなかった。何より、彼の荷物は全くの手つかず状態にある。スマホすら、未だテーブルに置かれたままなのだ。  今日は気力が底まで落ちてしまったけれど、いつまでも立ち止まっているわけにはいかない。  今度は自分が「降参」する番。  そして、こんな嘘はもう最後にしてとお願いしなければ。
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