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息絶え絶えに駆け込んだ職員室で、一番に目に留まった顧問の池辺を呼び止める。
「いっ、いけっ、ちゃんっ!!」
「おぉ、仁科……って、顔真っ赤だぞ、大丈夫か?」
「だ、大丈夫っ、じゃないっ! 井上朔羅さんって知ってる!?」
呼吸を整えながら、息を飲んでいけちゃんの顔を見る。呆れたようにポカンと口を開けたいけちゃんの頬が緩んだ。
「知ってるもなにも、俺のクラスの生徒だし。だけど井上、明日からフランスに発つし、今日は早退したぞ?」
「は? え? 卒業後にフランスじゃないの?」
走ったせいなのか、動揺が激しいのか、心臓が壊れそうなほど早鐘を打つ。
「この前の国際コンクールで入賞が決まってな、先方の学校から一日でも早く来て欲しいって、連絡が来たんだよ。井上は受験もフランスだから、早いに越したことはないしな」
「そう……ですか」
どうして。
どうして私は今まで、何もしてこなかったんだろう。
彼女は沢山の想いを、手紙に込めて綴ってくれていたのに。
なんの変哲もない空の写真が、彼女の言葉で呼吸をはじめたのに。
人の言葉は、想いは。
命を吹き込む力があるんだって、分かっていたのに。
どうして私は、逃げてばかりいたんだろう。
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