空色レター

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*** 図書準備室に戻ると、加賀美の姿は無かった。入力途中のモニターだけが薄暗い室内で怪しく光り、見ているだけで気分が塞いでいく。 「どうしよ……」 卒業まで4ヶ月もあるのだから、そのうち会いに行けばいいや、なんて。 そんなのただの言い訳だ。 会って喋って、傷つけてしまえば、朔ちゃんを失うのじゃないかと、怖くて堪らなかった。 「おやぁー、暴力女がどの面下げてお帰りですか?」 加賀美の声が背後から聴こえた。 言葉の中に含まれた、僅かな苛立ちの気配すら、全否定されてる気がして情けなかった。 「さっきは……ごめん……」 「え、おい、どうしたの仁科?」 気を遣わずに喋れる相手なんて片手くらいしかいなくて。その中でも断トツで一番なのが加賀美だった。だから心配そうに覗き込んで来るその顔を見た途端に気が緩んだ。 「うっ……っ加賀美ぃ……どうしっ……朔ちゃんと……会えなくなっ」 俯いた顔からボロボロと涙が溢れて、その一粒一粒に後悔がぎっしり詰まっていた。 「おぉ……どうしたどうした? 俺の胸でよければ貸すぞ?」 「なんでもいいから貸せっ」 ヤケ糞で零した言葉を、加賀美は当たり前に受け止める。ふわりと抱きしめられた腕に、撫でられた頭に、優しさが伝わる。 「後悔するのが嫌なら、何で最初からちゃんと会ってお礼言わないんだ。馬鹿者が!」 「はい……」 呆れ返った声音も、刺々しい口調も。 それは優しさの一部なんだって、不思議と分かる。 「いいか、朔ちゃんサンはな、ちゃんとお前の気持ちを分かってたぞ。毎月二回、校内新聞に載せてた空の写真、あれ朔ちゃんサンに宛てたものだろ?」 「なんでっ」 驚いて顔を上げた先には、加賀美がしたり顔で笑っていた。 「だって俺、二年の時、E組だもん。井上朔羅と同じクラス。だから仁科の事も教えておいてやったぞ。仁科は人に気持ちを伝えるのが苦手な奴だってな。昔自分が撮った写真のせいで友達を傷つけたから、人を撮ることが出来ないんだって事もな」 「う、嘘!! そ、そんなん卑怯だ! 卑怯者! ずっと知ってて黙ってたのかよ! 何で勝手に暴露してんだよ!」 「うへへ、最高の切り札は、ここぞって時に出さないと面白くないだろ?」 恥ずかしさと悔しさで、鉄拳を見舞ってやろうと振り上げた拳が加賀美の大きな手の平で包まれる。 「まてまて、最後まで聴けよ。井上朔羅からお前宛に手紙を預かってる。美術室に置いてあるから、見てこいよ。それからじっくり考えろ。仁科が今、何をすべきなのか」 掴まれた拳が解放されて、背中に回された手がそっと離れる。 込み上がってくる涙を、何度も手の甲で拭う。ちゃんと目を見て、声を出して、伝えたいから。 「ありがとう、加賀美」 「ちゃんと言えるじゃん、副部長」 床を蹴って走り出した廊下は、西陽で赤く染まっていた。
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