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 警察官は手にした手帳に細かい文字でメモを取りながら、「牽引中のトレーラーです。路肩に止まっていた車列から、若い女性が突然飛び出して、クラクションを鳴らす間もなかった。急ブレーキは掛けにくく、雨の降り始めはブレーキも利きにくい。彼女は、背中を向け立ち止まっていたと言っています。ですから、警察としては自殺の可能性も視野に検証を進めるしかない状況でして――ご主人には申し訳ないですが」  夫は警察官へ歪んだ表情を向ける。 「そんな、自殺なんて彼女に限って考えられませんよ! 常に前向きで、降りかかる不幸でさえも乗り越える喜びに変える程、生きる力強さを持った女性なんです。僕はそんな彼女に惹かれて求婚したんです」  晩夏を迎えた九月の午後三時頃、小雨が降りはじめた片側四車線の国道で、路肩に停まっていた車列から女性は飛び出し、通りかかった彼の車両に背を向けたまま立ち止って撥ねられたと、逮捕された大型車両の運転手は証言している。   警察官は当初、状況的に覚悟の自殺ではないかと考えていた。しかし被害者の夫の証言では、自殺する動機は見当たらないという。  被害者は今、トレーラーの車体に頭部を激しく打ちつけ、反動でアスファルトの路上へと投げ出された為に意識不明に陥っていた。医者の所見では、既に脳死状態であるという。  道路に散乱した持ち物の多くは、濡れた路上で通行車両に踏み潰されていた。
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