月にほろ酔い、とんちを所望

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 とある会社の会長の気まぐれで、月見の宴が催された。その夜の月は、中秋の名月に勝るとも劣らぬ美しさだった。  手入れの行き届いた日本庭園で、招かれた客たちが笑いさざめいている。その様子を、会長は満足げに眺めていた。  そして、会長は言った。 「気分が良いと、名案が浮かぶというな。ひとつ、頭をひねってみるか?」  笑いがスぅっと引いて、視線が会長に集中した。会長は軽く笑みを浮かべながら、飾ってあった月見団子を、女中に小皿で3つ、自分の手元に持ってこさせた。そして、脇息にもたれたまま、それを掲げて言った。 「ここに同じ団子が3つある。三人の者に勝負させて、順位による差をつけて、三人全員に団子を与えよ。」  すぐに1人、手を上げた。会長が頷くと、その客はこう答えた。 「まず、団子のうちの1つを半割りにします。」  会長はゆっくりとそっぽを向き始めた。 「どんな勝負であれ、1位の者に1個半、2位の者に1個、3位の者に半個与えます」  会長はそっぽを向いたまま頷き、「他にはおらぬか」と言った。 「はい」  手を上げた者があり、会長は頷いた。その客は答え始めた。 「ネズミ、猫、熊に、障害物競争をさせます。」  会長は今度は、ゆっくりと向き直った。その客は続けた。 「1位のネズミに、団子を1つ。腹がくちくなるでしょう。  2位の猫にも、団子を1つ。腹の足しにはなりましょう。  3位の熊にも、団子を1つ。ひと咬みで飲み込んで、忘れるでしょう。」  会長は満足げに笑み、盃を軽く持ち上げた。二番目に答えた客は、一礼して前に進み出ると、会長の盃に酒を注いだ。  会長は盃をあけ、その客の名を問うた。 「丸星物産の館脇 剛と申します。」 「覚えておこう。」  会長はそう言って、館脇に盃を持たせて酒を注いだ。
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