ホットココア

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「大変でしたね。名古屋も降っていましたか? そうですか。これは相当積もりますねえ。でも大丈夫です、矢沢様は4泊されるわけですから、その間に天候も回復するでしょう」 宿帳に住所と名前を記入する私に、彼は明るく話しかけ……いや、話し続けている。 この人が、仁科課長の甥。課長のお兄さんの、次男坊らしかった。 彼は訊かれもしないのに自らプロフィールを語り、私の話も聞きたそうなそぶりを見せた。 どうやらこの人は、仁科課長の企みに乗っている。 そういえば、「いらっしゃいませ」ではなく「初めまして」と挨拶した。こちらが名乗る前に「矢沢様」と名前を口にした。 もしかしたら、私の顔写真やデータが既に渡っているのでは。 疑心暗鬼になってあれこれ推測するが、外れていない気がしてゾッとする。 課長め――! お父さんと慕う仁科課長の丸い顔に、雪玉をぶつけてやりたい心境になった。 ひどいではないか、こんなやり方。もう、許せない! ボールペンを乱暴に置くと、部屋に入りたいのだがいいかと、事務的に訊ねた。しかし彼は動じず、マスクで顔の殆どが隠れた状態で、目だけで笑う。 仁科課長と同じ、温和そうな、優しい目元である。 だけど私は、絶対に油断しない。
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