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「すみませんねえ、人手が足りないものですから、時間がかかってしまって」
彼は私の前にあるテーブルにトレーを静かに置くと、マスクの下で微笑んだ。
「どうぞ、熱いので気をつけて」
ぼんやりとする私に、湯気のたつカップをすすめてくれた。
ホットココアだ。私の大好きな飲み物である。
「わあ、嬉しい!」
思わず声を上げた。甘くて良い香りがする。
オーナーが手ずから淹れてくれたココアは温かく美味しく、体中の緊張をほぐすよう。宿の経営者でありながらラフな格好でいる彼を前に、気が付けばリラックスしていた。
「失礼、マスクをしたままでした」
彼は慌てて大きなマスクを外した。焦った仕草が可笑しくて、つい噴き出してしまう。
「マスクをしていると、体が暖かいものですから。うふふ……」
彼も笑うが、マスクをたたんでポケットにしまい、上を向いた時には真顔だった。
片膝立ちのまま、じっと動かず私を見つめる。
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