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林に囲まれたゆるやかな坂を10分ほど下ると、広い場所に出た。急に視界がひらけて、見晴らしのよい景色が現れる。
冷たく澄んだ空気の中で私は立ち止まり、呼吸を整えた。
眠りから目覚めたばかりの山々が白く霞んでいる。真冬の景色だ。
このK市からは赤石山脈と木曾山脈、二つのアルプスを東西に望むことができる。課長にそれを聞いて以来、どんな光景なのかと楽しみにしていた。
「壮大だなあ……」
今日はよく晴れるだろう。夜明けの冷え込みが、それを予感させた。
私はコートのポケットに、かじかみそうな手を入れる。
「あ、そういえば」
ポケットに封筒があった。課長が書いてくれた紹介状を、オーナーの仁科さんに渡そうと思って用意しておいたのを忘れていた。
「今更だけど、一応渡さなくちゃね」
その仁科さんに、あまり遠くに行かないよう忠告されたことを思い出す。
そろそろ戻ろう。ここに滞在する間は、いつでも雪景色を楽しめるのだから、欲張らなくてもいい。
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