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来た道を引き返していると、メロディーが聞こえた。コートのポケットに入れたスマートフォンが鳴っている。
「また美佐子だな」
親切な同僚が、昨日戻らなかった私を心配してかけてきたのだ。そう思い込んだ私は発信者を確かめずに、通話ボタンを押した。
「はいはい、私でーす」
『悠美』
すっと、血の気が引く。
車一台通らない静かな道の途中で立ち止まり、その声に集中する。
林の奥で、雪がひと塊落ちるのが分かった。
「……時郎?」
『久しぶり』
どうして、なぜ、時郎が今、電話をくれたのだろう。
私は滑稽なほど動揺し、そわそわと体を動かす。バカみたいだと、自分が嫌になった。
『もしもし、悠美?』
「あ、うん」
『よかった。切られたかと思った』
まだ私と恋人だった頃の、甘さを含んだ男の声。とても優しげに耳に響く。
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