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「何か用事?」
硬い声で用件を訊く。なにも期待せず、早く通話を終わらせたい。そして、電源をすぐにでも切ってしまいたかった。
『……悠美に話があって。でも、スマホにかけても出てくれないかなって考えて、まずは昨日、お前の会社に電話したんだ』
「えっ、会社に?」
相変わらず行動が大胆な時郎に呆れる。だけど、そういうところが好きだったと、一瞬考えてしまう。情けない。
『そしたら、休みだって言われて。ええと、同じ経理課の悠美と仲のいい、あの子が教えてくれたんだけど。確か、一条さんって言ったっけ』
「一条美佐子?」
『そうそう、その人。俺が名乗ったら、すっげえ愛想が悪くなった』
時郎は苦笑交じりで言う。
間違いなく美佐子だ。彼女は、浮気をして他の女に乗り換えた時郎を、とても怒っている。つっけんどんな対応をする彼女が目に浮かんだ。
『でもさ、事情を話したら分かってくれたよ。さすが悠美の友達。嬉しかったな』
どういうことなのかサッパリだ。
寒さと緊張で、頭の芯がジーンと痺れてくる。
私は、銀嶺への道を戻り始めた。仁科さんの顔が、さっきからちらちらしている。彼は言った。早く戻って来なさいと。
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