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ついさっきまでの不安定な気分を忘れ、その原因である時郎を忘れ、コートのポケットに入れたままの紹介状も忘れた。
ここに来た目的は傷心を癒すこと。
かろうじて覚えている。失恋の良薬は新しい恋だと誰かが言っていた。もう、どうなっているのだろう。
この気持ちは、一体?
「食が進みますねえ。調子が良さそうで安心しました」
「ぐっ」
いきなり横に現れた仁科さん。
にこやかに笑い、嬉しそうに私を見ている。小島さんよりも近い距離で、誰の目も気にせず、私だけを。
(お見合いと言うより、一方的に見られているような……?)
いたたまれないような、それでいてふわふわと心地良いような、不思議な感覚。言葉にするなら、なんていうのだろう。
時郎と過ごした日々には、こんな感覚、一度もなかった……
箸を置き、仁科さんと向き合う。
何も考えず、私は一歩を踏み出した。
「あのっ、デートしてみませんか!」
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